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戸田建設・加藤久郎元社長が死去/創業家以外から初の社長/受注拡大けん引  [2015年1月7日1面]

故加藤久郎氏

 戸田建設で創業家以外から初の社長を務めた加藤久郎(かとう・ひさお)氏が1日午後3時51分、肺炎のため死去した。84歳だった。葬儀は近親者で済ませた。喪主は長男の久仁(くに)氏。後日お別れの会を開くが、日時などは未定。
 東京都出身。1953年に早大第一理工学部建築学科を卒業し、54年に戸田組(現戸田建設)入社。85年取締役大阪支店長、86年常務、94年東京支店長、96年専務、00年代表取締役副社長を経て、2003年に社長に就任。07年に代表権を持つ会長に就き、13年に退任した。業界団体では日本建設業団体連合会(現日本建設業連合会)常任理事(07~11年)、日本経団連監事(07~12年)などを歴任した。
 戸田建設で創業家以外から初となる社長に就任した際のインタビューでは、就任を打診された時の気持ちを「青天の霹靂(へきれき)だった」と話した。既に72歳だったこともあり、最初は就任を固辞したという。しかし、最後は「私が指名されるということは次の世代が育っていないということの裏返し。若い人材を育て、若返りを図るのが私の使命」と思いを固め、引き受けた。
 営業畑を長く歩み、社長時代は戸田建設が強みとしている学校や病院、生産施設などの工事受注でけん引役となった。顧客の意向をつかみ、ニーズに合致した提案を行う「造り込み営業」を提唱し、受注拡大に大きく貢献した。同時に人材育成にも力を注ぎ、優秀な若手を主要ポストに積極的に登用した。在任4年で社長を退いた後も、営業活動では第一線で活躍し続け、手綱を緩めることはなかった。
 インタビューの合間には、夫人との海外旅行にも話が及んだ。真冬のマッターホルン(スイス)や、音楽の都ザルツブルク(オーストリア)を訪ねた思い出話をにこやかな表情で語っていた。「海外に行くと、いろいろな意味で目が開ける」と話し、いつも好奇心旺盛で、進取の気性に富んだ経営者でもあった。

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