工事・計画

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大阪府、大阪市/難波宮跡公園整備/南部ブロックで大極殿建物復元検討  [2015年2月18日12面]

大極殿の基壇部

 大阪府と大阪市は、15年度に難波宮跡公園南部ブロック(大阪市中央区法円坂1)に大極殿の建物を復元できる可能性を検討する経費を15年度予算案に計上した。大極殿については、1971~80年に基壇部を再現している。建物復元までには、長期にわたる事業期間と多額の事業費が必要になるとみられているが、復元の可能性を含めた公園のあり方について、専門家を交え15年度中にも方向性を決めたい意向だ。
 国指定史跡・難波宮跡は約9ヘクタールで、難波宮跡公園の総面積は約10ヘクタールに及ぶ。中央大通を境に南部ブロックは約7・7ヘクタールで、以前にNHK大阪放送局旧局舎や大阪府農林会館などがあった北部ブロックは約2・3ヘクタール。15年度予算案には、難波宮跡公園を大阪城公園と一体的に歴史文化を生かした公園にするため、大極殿建物の復元可能性を検証する費用を計上するとともに、北部ブロックのNHK大阪放送局旧局舎跡地の一部に歴史を体験できる公園整備の基本設計費を盛り込んだ。
 大極殿は古代の都にあった中心施設で、天皇が国家儀式で使用した。奈良市に復元された第一次大極殿の復元には、調査から完成まで17年間の時間と約180億円の総事業費を要した。また、難波宮大極殿の基壇部でも復元に約10年間かかったため、難波宮大極殿建物の復元の検討では、歴史的な詳細な検討とともに、事業費確保策や事業推進体制などが焦点になる見通し。
 難波宮ついては、考古学者の山根徳太郎氏らが1954年に着手した発掘調査で、現在の史跡指定地に存在したことを発見。その後、二つの時期の宮殿遺構があることが判明し、前期難波宮、後期難波宮と呼び分けている。前期難波宮は、大化改新の後、孝徳天皇が造営した難波長柄豊碕宮と考えられている。遺構には火事で焼けたあとがあり、686年に焼失した天武天皇時代の難波宮とされている。後期難波宮は聖武天皇が再建した。公園には、後期難波宮の大極殿基壇部のほか、前期難波宮の八角形建物のイメージが分かる構造物なども設置している。

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