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淺沼健一氏(淺沼組社長)が死去/建設業界の発展に力注ぐ/気さくな人柄で人望集める  [2018年6月26日1面]

淺沼健一氏

 淺沼組の社長で、全国建設業協会(全建)や大阪建設業協会(大建協)の会長などを務めた淺沼健一(あさぬま・けんいち)氏が23日、心不全のため死去した。67歳だった。通夜・告別式は近親者で行い、後日お別れの会を開くが、日時や場所などは未定。
 =2面に業界関係者らのコメント
 奈良県出身。1973年に成蹊大経済学部経営学科を卒業し、淺沼組入社。85年取締役本社海外事業部次長、89年常務本社人事部長、91年代表取締役常務社長室長兼本社人事部長、92年代表取締役専務社長室長を経て、95年から社長を務めていた。
 阪神淡路大震災が発生した95年に神戸支店、2004年には北関東支店(現さいたま支店)を設置。17年に創業125周年を迎えた。11年の業績悪化を、本業の再生で回復させるなどの経営手腕を発揮。18年度から3カ年の中期経営計画では海外事業・コンセッション部門や投資家向け情報提供(IR)部門の強化を掲げ、ICT(情報通信技術)の活用などにも注力する方針を打ち出した。
 社業だけでなく建設業界の発展にも尽力した。公共事業費の削減や資材費の高騰などが重なり、建設業界の先行きに不透明感が増していた08年5月、全建の会長に就任。14年5月までの6年にわたり会長職を務め、苦境に立たされた地方建設業の実情を踏まえて精力的に活動した。
 就任した08年には世界同時株安を招いたいわゆるリーマンショックも起き、会員企業の年間倒産件数が過去最高を記録。そうした中でも会員企業が良質な社会資本整備や災害発生時の応急活動などに貢献していることを内外に訴えた。各社に自らの役割の重要性を再認識させ、自信につなげるのと同時に、社会から正しく理解を得るための団体活動を先導した。国民から感謝される仕事をして自らも誇りに思う「ノブレス・オブリージュ(位高ければ徳高きを要す)」の精神が重要だと、常日ごろから訴えていた。
 11年には建設投資の減少が地域の災害対応力に及ぼす影響を把握するために行った調査に基づき、会員企業が不在の市区町村が多数生じている実態を「災害対応空白地帯」として発表し、大きな反響を呼んだ。大建協会長(04~08年)、日本建設業団体連合会(現日本建設業連合会)常任理事(95~11年)なども歴任。日本建設業連合会(日建連)では11年以降理事を、15年4月からは公衆災害対策委員長を務めていた。
 気さくな人柄は業界内外から親しまれた。自身が業界広報の大切さを訴え続けてきただけに、新聞記者の質問にはどんな場面でも笑顔で誠実に答え、時には顔見知りの記者の体調を気遣う人情家でもあった。

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