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大本榮一氏(大本組名誉会長)が死去/堅実な経営で社業拡大  [2019年2月15日1面]

 大本組の代表取締役名誉会長で、日本建設業連合会(日建連)理事などを務め、建設業界の発展に尽力した大本榮一(おおもと・えいいち)氏が10日、老衰のため岡山市内の病院で死去した。100歳だった。通夜と密葬の儀は近親者で執り行った。後日、お別れの会を開く予定。
 広島県出身。1941年12月に広島文理科大学文学部を卒業。大学在学中に大本組創業者大本百松氏の婿養子となり、46年9月に大本組入社。61年8月、2代目社長に就任し堅実な経営で社業を拡大した。99年6月の代表取締役会長兼社長を経て、2011年6月から現職に。
 榮一氏は社長就任後、創業の地である岡山県とその近県を中心とした営業エリアを大阪、名古屋、東京、仙台、高松、福岡と少しずつ広げ、全国業者としての地位を築いた。
 一方で量的な拡大を追うのではなく、技術や品質に優れた企業を目指した。バブル期には多くの建設会社が不動産投資に走る中、内部留保を厚くし財務体質を強化するなど堅実経営に徹した。
 曲がったことが嫌いで厳しい人だったと、周囲の人は評す。社員には仕事を通じて人間形成を図ってほしいと呼び掛け、「大本組の社員としてよりも、日本国民として、社会人として立派であってほしい」と、よく訓示していたという。「日に新たなり、日に日に新たなり」という言葉を愛し、自ら「学ぶことに終わりはない。生涯勉強」と語っていた。
 建設業界の発展にも尽力した。岡山県建設業協会会長や日本土木工業協会(現日建連)の理事、日建連理事を歴任。90歳を過ぎても車いすに乗り岡山から飛行機で日建連の理事会に出席する姿は、誠実で生真面目な人柄を物語っている。
 79年に藍綬褒章、95年には勲四等旭日小綬章を受章した。
 大本榮一氏の死去に対し、日建連・山内隆司会長が14日に発表したコメントは次の通り。
 大本榮一さんの訃報に接し、謹んでお悔やみ申し上げます。
 大本さんは1992年に旧日本土木工業協会の理事、2004年に旧日本鉄道建設業協会の監事に就任され、三団体合併後の日本建設業連合会で理事を務められるなど、長年にわたり建設業界の発展に尽力されるとともに、地域経済の振興にも精力的に取り組まれてこられました。
 大本さんの業界活動に対する真摯(しんし)な姿勢に深甚なる敬意を表しますとともに、これまでのさまざまなご功績をしのび、心からご冥福をお祈りいたします。

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