論説・コラム

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回転窓/未完の小説  [2019年3月20日1面]

 最後まで読まず、途中で投げ出した本がたくさんある。わが家の書棚にはそうした飾り物の書籍が何冊も鎮座している▼中里介山の小説「大菩薩峠」は映画にもなったのでご存じの方も多いだろう。だが、この長編小説を最後まで読んだ人は少ないのではないか。舞台が各地に移動し、とにかく登場人物が多い。それらを理解しながら全巻を読み込むのは至難の業だ▼主人公は机龍之助。全国を流浪しながら、得意の剣法「音無しの構え」で人斬りを繰り返す。時代劇小説特有の痛快さはなく、ニヒルで無機質な主人公の印象だけが浮かび上がる▼エッセイストの池内紀氏は主人公がどれほど体験を積んでも「成長したり、反省したり、社会性にめざめたりしない」(『文学フシギ帖』岩波新書)小説だと評す。執筆した大正から昭和初期の時代背景がそうした主人公を生んだのか。それとも作者が新たな主人公像を作り上げるために考えたのかは分からない。ただ、独特な小説であることは間違いない▼最近の凶悪事件を見聞きし、この小説を思い出した。小説は未完となったが、最後は主人公が改心して終わっていたと信じたい。

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