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紫綬褒章を受章した建築家・隈研吾氏/日本の風土生かした建築を追究  [2019年6月14日2面]

隈研吾氏

 作家や芸術面で功績を残した個人が受ける紫綬褒章の受章者に、チームプレーで成り立っている建築家として名を刻め感動している。国内外での実績と、東京大学教授として後進の育成に当たっている点が評価されたと認識している。
 建築家を志したのは、1964年開催の東京五輪・パラリンピックで建設された建築物に心を打たれたのがきっかけだった。東大入学後は「梅田スカイビル」(大阪市北区、1993年竣工)などの設計を手掛けた原広司氏の研究室で建築を学んだ。当時は世界各国に点在する集落の成り立ちなどを研究していた。
 卒業後は日本設計に入社した。建築家の多くは個人事務所を立ち上げ活動する。あえて組織事務所を選んだのは発注者や施工者と関わる中で、建築家が果たす使命を確認したかったのだと思う。約6年間、実務に携わった。
 個人事務所を立ち上げる前に米コロンビア大学で非常勤の研究員を務め、その後に独立を決意した。その当時を振り返ると、日本が持つ価値観のすばらしさを改めて実感していた。木材や布など素材の良さを生かした建築づくりが自分に合っているだけでなく、学生時代に没頭した集落研究を通じ、大量生産が目的の工業化社会に対抗したかったのだろう。
 数多くの設計デザインを経験し肝に銘じているのは面白みを持った人間と関わることと、工業化社会とかけ離れた人間と仕事を共にする点だ。熟練した技を持つ職人と協力し合い、今後も従来にはない建築デザインを創造したいと考えている。
 来年3月で東大教授を退官することになった。今後は教育機関に限定せず、建築の魅力や可能性を発信したいと考えている。現在は住民参加型のワークショップに関心を持っている。
 建築家を目指す若者に対しては精神的にタフであれと言いたい。設計技術のレベルアップは仕事を通じて達成できることもある。だが精神力は自らが鍛え上げなければならない。学生のころからより多くの人と親交を深め、精神力を養ってほしい。

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