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株木雅浩氏(株木建設社長)が死去/グループ率い堅実な経営を実践  [2019年10月7日1面]

株木雅浩氏

 株木建設社長で、日本建設業連合会(日建連)理事などを務めた株木雅浩(かぶき・まさひろ)氏が9月29日、心不全のため死去した。63歳だった。葬儀は近親者で済ませた。喪主は長男で後任社長に1日付で就いた康吉(こうきち)氏。後日、お別れの会を開く予定。
 東京都出身。1979年に成蹊大学工学部機械工学科を卒業。金融機関を経て、86年に株木建設に入社した。87年取締役、89年に父で2代目社長の正郎氏の急逝を受け、3代目社長に就任。33歳の若さで株木建設を中心とした株木グループを率い、堅実な経営で社業を拡大した。特にバブル崩壊後の厳しい時代に、品質や安全面での取り組みを強化し顧客から信頼される企業づくりに奔走。時代のニーズに合った多角化事業も手掛け、20社を超えるグループ企業を構築した。
 気遣いの人で、180センチ超の長身を折り曲げるようにして、誰にでも丁寧にあいさつをしていた。ある時、経営状況はどうですかと聞くと、「うちはてくてくいくから」と。てくてくはテクノロジー(技術の研さん)、クオリティー(品質向上)、テンダートリートメント(親切)、クイックレスポンス(迅速)の頭文字をとり、自社の活動規範を「てくてくと着実に一歩一歩進める」ことにしたという話だった。その「てくてく」という言葉が株木さんの雰囲気に合致していたのが印象に残る。
 2008年から全社を挙げて取り組んだ「KCS(株木・コンストラクション・システム)改善活動」も株木さんが発案したものだった。トヨタ自動車の生産方式であるTPS(トヨタ・プロダクション・システム)を建設業に応用。各種情報を共有させ、現場の判断ミスや手戻りの解消を目指した。10年以上の取り組みに手応えを感じていたようで、「みんなが次の工程のことを考え、100%の良品をつくるようになった」と、うれしそうに話していた。
 建設業界の発展にも尽力した。日本土木工業協会(現日建連)理事や日建連理事、日本埋立浚渫協会(埋浚協)理事などを歴任。21年には会社創立100周年を迎える。その時が楽しみだと語っていただけに残念でならない。
 □誠実な人柄/日建連・山内隆司会長□
 株木建設の社長を務められた株木雅浩さんの突然の訃報に接し、深い哀悼の意を表します。
 株木さんは、1989年に旧日本土木工業協会の理事に就任され、その後も、旧日本建設業団体連合会、三団体合併後の日本建設業連合会、日本埋立浚渫協会におきましても、理事を務められ、長年にわたって建設業界の発展に尽力されるとともに、地域経済の振興にも精力的に取り組まれてこられました。
 誠実なお人柄であった株木さんの業界活動に対する真摯(しんし)な姿勢に深甚なる敬意を表しますとともに、これまでのご功績をしのび、心からご冥福をお祈りいたします。
 □常に前向き/埋浚協・清水琢三会長□
 株木雅浩さんの突然の悲報に驚いています。株木建設は日本埋立浚渫協会設立時(1961年)からの会員であり、株木さんは89年から監事として、92年からは理事として現在まで長きにわたりご尽力頂きました。
 当協会の取り組みには常に前向きで、役員の安全パトロールでは、作業船の技術伝承と事故防止についてご意見を頂きました。
 これまでのご功績に感謝し、心よりご冥福をお祈りいたします。

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