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東日本大震災から10年-3・11を伝える/元東北整備局長・徳山日出男氏に聞く  [2021年3月2日1面]

徳山日出男氏

 ◇将来に向けた「復興」と「備え」を
 発災から10年というのは大きな節目だ。これまで被災地では復旧・復興事業が行われ、ハード面の整備が進んだが、これからは将来に向けた視点に切り替わる。被災地での経済活動も含めた真の意味での「復興」と、多くの犠牲と引き換えに得た教訓を「防災への備え」につなげる活動が、今後のポイントになる。
 復興事業の一環で三陸沿岸道路が整備された。縦軸のダブルルートとなる東北自動車道と比べると、仙台~八戸間の所要時間は1時間程度劣るが、利点もある。一つは冬季に雪が少ないこと。二つ目は無料区間が多いこと。三陸沿岸道路沿線には既に営業所を構えた運送会社もある。横軸の復興支援道路の活用も進む。釜石港は震災前にコンテナ利用企業が8社だったが、いまは84社に増えた。アクセスが良くなることは競争基盤が整ったということで、被災地としていつまでも支援に頼っていては逆にストロー効果で人やモノが出て行ってしまう。少し厳しい言い方だが、自ら経済活動を呼び込む動きがこれから問われる。
 防災への備えでは教訓をどう生かすかという視点が大切だ。私自身も発災時に東北地方整備局長を務めた経験を多くの人に伝えなければならない。例えば発災直後に(被害状況などの)情報が入ってこない地域が大きな被害を受けている可能性が高いということ。ここ数年豪雨災害などで行政担当者が情報不足を理由に初動が遅れるケースがある。情報がない地域こそ、行政担当者は大きく構えて行動しなければならない。
 この10年で法律・制度改正や防災協定も進んだ。震災後に初めて「道路啓開」という用語が法律に書き込まれ、道路管理者が緊急車両の通行のため、放置車両を移動できるようになった。地方整備局による権限代行も可能になった。テック・フォース(緊急災害対策派遣隊)は震災前3000人だったが、今は1万4000人まで増えた。国と自治体のパイプ役になるリエゾン(災害対策現地情報連絡員)の協定も進んだ。災害への備えを平時に進める必要がある。
 建設業界には初動から復興まで献身的に活動をしてもらった。早期の復興に向けPPPやECIなど各種制度への協力をはじめ、新技術も開発した。その知見をぜひ生かしてほしい。震災前は「コンクリートから人へ」と言われ、厳しい時代が続いた。それに対する意地もあったのか、死に物狂いで復旧・復興をしていただいた。社会からの評価も得たが、良い時代がいつまでも続くとは限らないことを肝に銘じておくべきだ。
 いま、震災の教訓を多くの人に伝えるため、伝承ロードの普及を進めている。建設業界の方々にもご協力をいただいているが、ぜひこれからも支援をいただき、多くの方々に建設業の役割を伝えていただきたい。
 (とくやま・ひでお)1979年東京大学工学部土木工学科卒、建設省(現国土交通省)入省。東北地方整備局長、道路局長、技監、事務次官などを経て政策研究大学院大学客員教授(現職)、電通執行役員(現職)。岡山県出身、64歳。

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