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2021暑中号/脱炭素化と環境経営/東大・高村ゆかり教授に聞く  [2021年7月30日2面]

高村ゆかり教授

 ◇個社の課題ではない、企業間連携が必要
 脱炭素化を目指す「カーボンニュートラル」という言葉が急速に浸透し、民間企業の環境経営に対する社会的な関心や要請も強まっている。国際法学、環境法学の専門家で、政府の「気候変動対策推進のための有識者会議」などの委員を務める高村ゆかり東京大学未来ビジョン研究センター教授は、企業に対し認識の刷新を訴える。脱炭素化の取り組みが個社の社会貢献に収まる課題ではなく、事業活動に必須の条件となる日は間近に迫っている。
 □世界中で気候変動に危機感□
 数年前から異常気象が続いている。米国の保険会社エーオンの調査によると、自然災害による世界の経済損失額は年々拡大している。世界中で水害が多発し、損害保険支払額は年1兆円規模に膨らんでいる。異常気象は決して日本に特化したものではない。
 特定の気象現象に対する地球温暖化の影響を科学的に証明する「イベント・アトリビューション」という最新の数値シミュレーションを用いた研究が進んでいる。温暖化が異常気象の水準や頻度を押し上げていることは明らかだ。西日本を中心に被害があった2018年7月豪雨では人間活動に起因する二酸化炭素(CO2)排出が降水量を6~7%程度押し上げたとされる。気温上昇で水蒸気の供給量が多くなっているからだ。
 18年7月豪雨では48時間雨量と72時間雨量が観測史上最高を記録した地点がそれぞれ120以上あった。6~7%の押し上げが無かったら、いずれも100地点を切っている計算になる。想定していた治水の水準を超えて降水量が押し上げられている。気候変動への危機感は社会全体に広がっている。昨年11月、国会で「気候異常事態宣言」が採択された。「やらなければいけない」という点は誰も否定できない。
 □建設業界はCO2排出削減で他産業に先行□
 建設業界や不動産業界は他産業に先駆けてCO2排出削減に取り組んできた。パリ協定の長期目標と同水準の削減目標の設定を企業に推奨する国際的枠組みに「SBTi(サイエンス・ベースト・ターゲット・イニシアチブ)」がある。目標設定が整合的と認定を受けた日本企業には、ゼネコンなど建設系企業の名前も目立つ。
 意欲的な目標を掲げる企業の中から、日立製作所を例に取りたい。30年度カーボンニュートラルを自社目標としているが、注目したいのはサプライチェーン(供給網)全体の削減目標を掲げていることだ。原材料調達から製品が顧客に渡り廃棄されるまでを対象としている。要するに取引先の排出量を減らすという発想だ。さらには排出削減に困っている企業を支援する活動をシステム提供ビジネスという形で展開する。
 一方、金融機関では投融資に当たって排出削減を求める動きが広まっている。脱炭素化に向け、日立製作所は取引先に働き掛け、金融機関は投融資先に働き掛ける。取引関係がある企業は、規模の大小に関わらず排出削減がおのずと求められてくる構図となる。
 □国際的な競争は既に始まっている□
 「自分たちだけで取り組めばいい」という認識は捨てなければならない。サプライチェーン全体での連携が間違いなく必要になる。建設業界に当てはめると、ゼネコンから仕事を請け負う中小企業にも排出削減が求められる。それは元請のゼネコン自身が発注者、そして金融機関から排出削減を求められるからだ。
 あらゆる産業界のサプライチェーンの中で、建築・土木が関係しないものはない。脱炭素化の要請はプレッシャーでもあるが、優れた技術や製品、サービスを持っている企業はむしろチャンスと捉えるべきだ。
 既に国際的な競争にさらされている企業もある。米マイクロソフトは今年、サプライチェーンの排出削減に焦点を当てた調達プロセスを開始した。仕入れ先に対し自社だけでなく、取引先の排出削減も求めている。米アップルは、仕入れ先が製造工程のすべてを再生可能エネルギーで賄うよう要請している。サプライチェーン全体での排出削減が、企業の産業競争力を左右するという認識は急速に広がっている。
 これは大企業だけの問題ではない。中小企業にも大きな影響を及ぼす。明日すぐに対応が必要になるわけではないかもしれないが、先回りして準備しておかなければ、取引先として選ばれなくなる恐れが出てくるだろう。
 □中小企業は長期的な視点持って□
 中小企業の方々と対話していると、脱炭素化に関していくつかのギャップを感じる。一つは「情報ギャップ」。ここ2、3年でカーボンニュートラルを巡る動きは急激に変化した。コロナ禍で短期的な足元の業績に目を奪われがちな中小企業には、先々の自分たちの経営に影響を与えると、伝わり切れていないようだ。
 残る二つは「人」と「お金」。CO2排出量を適切に管理するだけで大企業でも苦労しており、システム改善の人的リソースが足りない。設備投資の資金をどう調達するかも課題になっている。この三つを乗り越えなければサプライチェーンを変えるのは容易ではない。
 長期的な視点を持ってもらうのが第一歩だと思う。世の中で何が起きていて、どう対応する必要があるのか、しっかり伝えていく。そのステップが無ければアクション自体が始まらない。先行している中小企業は、金融機関の存在が背後にあるようだ。世の中の動きに精通する金融機関が、中小企業とうまく対話できれば情報ギャップを埋められる。地方銀行や信用金庫による地域の経済や企業を支える取り組みにも期待したい。
 □世界市場へ打って出るチャンス□
 脱炭素化技術に強みがある日本企業にとって、今こそ世界の市場に打って出るチャンスだ。コロナ禍で経済的に打撃を受けた欧州諸国などの主要先進国は、復興政策として建設やリノベーションによる雇用創出を共通して掲げている。特に財源を投入しているのが既存建築物の省エネ改修だ。脱炭素化への貢献だけでなく、居住者や利用者のエネルギーコストの低減や健康な生活条件への改善につながる。エネルギー効率が高い建築物のニーズは世界的に高まっている。
 街づくりや都市づくりへの貢献も大切なポイントだ。地域のレジリエンス(強靱性)を高め、気候変動や災害に対応する。アジア諸国などの脱炭素化に向け、レジリエンスの高いインフラや建築物を造ることに貢献してほしい。
 (東大未来ビジョン研究センター)

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