論説・コラム

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建設業「命」の現場で・4/第1章・被災地にて/「当たり前」を貫く  [2015年10月6日12面]

「仕事の受注とは別の世界でも、街づくりに貢献したい」。小泉は、地域に生きる意味を考え続けている

 東日本大震災の復旧・復興で、建設会社は地域を守る使命感を持って働いている。そのことを社会はどこまで理解しているのだろうか。
 「『お金をもらうのだから当然』と思っている市民も多い。本当に感謝しているのは、ごく一部のような気がする」。宮城県気仙沼市の建設会社、小野良組の社長・小泉進はそんな認識を示す。本音だが、卑下やいら立ちではない。「市民が思う“当たり前”と、われわれがやっている“当たり前”は違う」。それは、どういうことか。
 気仙沼市は、宮城県の東北端に位置し、生鮮カツオやフカヒレなどで知られる水産業の街だ。豊かな海と共に生きてきたが、大津波で沿岸部は甚大な被害を受けた。
 震災後、同社は、道路啓開やがれき処理、被災建物の応急復旧などに奔走。倉庫で腐敗した水産物の処分作業も引き受けた。社屋も被災し、津波の犠牲になった社員もいた。苦しい状況だったが、やれることからやっていこうと取り組んでいった。
 当時、小泉は、現場に向かう社員らにこう呼び掛けていたという。「がれきを片付けるのも、ブルーシートで養生するのも、建設業にしかできない。だから、誇りを持ってやろう」。
 小泉が、自分にとっての建設業の原点を感じた出来事がある。それは05年の民事再生だ。「1万円の仕事でもやろうというところから始めた。極端に言えば、トイレのドアノブであっても、直してほしいという人がいれば修理する。それができるのは建設業の技術・技能だけだ」。そうした気概で再出発した。その姿勢は、震災対応にもつながっている。
 被災地では膨大な量の事業が進んでおり、受注量が増えたことは当然、企業経営にプラスの効果をもたらしている。そうした事実が、周りと温度差を生むこともある。
 震災の翌年、皆の労をねぎらおうと東北の温泉地に行ったことが、「アメリカ旅行」と話に尾ひれが付いてうわさを呼んだ。「小野良組さんはもうかっていていいよね」。被災した事実を忘れているかのような心ない物言いも聞こえる。
 それでも小泉は冷静だ。「ほとんど気にならない。なぜかというと一生懸命にやっているから。復興へ前を向くだけだ」。うがった視線に揺るがないだけのプライドを持ち得ているのか-。外部からの評価ではなく、むしろ、建設産業の内なる思いが試されているのかもしれない。
 小泉は、宮城県安全運転管理者協会や宮城労働基準協会などの公職も引き受け、多忙な日々を送る。建設業以外の分野も含めて地域に貢献する必要性を強く感じている。
 「建設業が先にもうかって皆に分配することはできない。皆が良くなってはじめて、われわれの環境も良くなっていく」。そうした思いも強い。
 復興需要が終息すれば、公共事業は減っていく。だから今、将来にどう種をまいていくかが問われている。その肝となるものは「地域における存在価値」と小泉は言う。「地域から『要らない』と言われたら終わる」とも。地域でどう生きていくのか。そのために自分たちはどう変わっていくのか。次なる一手へと動く渦中を駆け抜けている。=敬称略
 (毎週火曜日に掲載します。ご意見・ご感想をメールでお寄せ下さい。東北支社・牧野洋久、mak@decn.co.jp)

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