BIMの課題と可能性・86/樋口一希/海外のBIM事情・1

2015年10月22日 トップニュース

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 少し歩を緩めてBIMの海外事情へ視線を移してみる。BIMコンサルタントの井上淳氏への取材も情報源とし、「シンガポール」をキーワードとして進める。


 □「建築とコンピュータ」双方にまたがる集合知をベースにBIM運用のためのコンサルに携わる□


 米国オレゴン州立大学の建築学部を卒業し、帰国した井上氏とは94年に面識を得た。師事した教授が開発した3次元システムを紹介され、先進性に驚かされた。普及途上にあった2次元CADシステムを凌駕、BIMの原型ともいえる概念を持ち、3次元建物モデルの構築に新しい地平を開く優れたユーザー・インターフェースを備えていた。「The easiest way to draw in 3D」なSketch Upと高い近似性をもつシステムだった。

 連載35~37回「建築主にとってのBIM運用」。日建設計と竹中工務店が参画した学校法人北里研究所の新大学病院(相模原市)プロジェクト。井上氏はBIMコンサルタントとしてBIMソフト「Revit」(オートデスク社製)の運用面で両社を全面的に支援した。


 □シンガポール政府建築建設局が戦略的に進めたBIMモデルでの電子確認申請システム構築□


 「Revit」の国際的な会議、RTC(Revit Technology Conference)ASIA 2015がシンガポールで開かれたのは9月10~12日。前稿「プレキャストコンクリートの3次元モデル+製作図の作成」のカスタマイズ事例も報告された。大手ゼネコンのBIM責任者からは、10月中頃にBCA(Building and Construction Authority=シンガポール政府建築建設局)が主宰する非公式会議(International Panel of Experts BIM by Building and Construction Authority)に招聘されたとの情報を入手した。

 昨今の動向を知る時、シンガポールではBIMを積極浮揚させるエネルギーが集中しているように思える。背後でタクトを振っているのがBCA=シンガポール政府建築建設局だ。

 08年、BCAは、世界初の電子確認申請システム「CORENET」+BIMによる電子申請「eサブミッション」を導入、確認申請業務の効率的な処理が加速化していく。

 13年、BCAは、建築確認申請でのBIMモデルによる電子申請を進めると発表。同年には床面積2万平方メートルを超える建築物の意匠部分、14年には同規模の建築物の構造・設備部分が電子申請の義務対象となった。15年からは5000平方メートルを超える建築物は、意匠・構造・設備の全ての電子申請が義務付けられた。


 □BIM導入にかかる費用を最大半額まで補助するBCAの先駆的な取り組み□


 BIMモデルによる電子申請などの施策を計画的に進めるため、BCAでは実利面での支援策を推進した。BIM導入による生産性向上の報告書とともに申請、一定の基準を満たしBCAの審査が通れば、BIM導入のソフト・ハード購入費、教育費、人件費などの最大半額までを補助。企業単独だけでなく、複数企業によるプロジェクト(プロジェクトコラボレーション方式)単位でも適用する。見事なまでの飴と鞭の使い分けだ。

 翻って、この国では、BIMを学んだ学生は就職後、建築士試験のために、再度、手描きによる製図演習をし、試験会場持ち込み用の製図板までを買う。構築したBIMモデル(データ)の保管期限・場所の定めもなく、権利関係も曖昧だから、BIMモデル(データ)は自然消滅の憂き目に合うかもしれない。人口減少と少子高齢化が進む中で、建設業の多くも、海外市場への進出を加速化させているが、業としての有り様が一種の非関税障壁になっているのではないか。

 2020年の祝祭で使われる施設でのBIM運用を義務付け、予算の一部分をBIM運用に回せないものだろうか。

 次回は、井上氏が参画したシンガポール・チャンギ国際空港のBIMガイドライン構築、新築・改修工事でのBIM運用について報告する。

 〈アーキネットジャパン事務局〉(毎週木曜日掲載)