20XX産業変革の潮流/野村総合研究所/カーボンニュートラルと建設業・3

2023年3月29日 ニュース

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◇社会システムコンサルティング部・大江秀明
2020年10月26日、菅義偉首相(当時)が50年カーボンニュートラル(CN)を宣言したことを契機に、日本における住宅・非住宅建築物(以下、建築物)の脱炭素化の取り組みも急速な進展を見せた。
21年には国土交通省、経済産業省、環境省によって「脱炭素社会に向けた住宅・建築物の省エネ対策等のあり方検討会」が開かれ、30年および50年に目指すべき住宅・建築物の姿が示された。また、21年に改定された第6次エネルギー基本計画では30年以降に新築される住宅・建築物について、ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)・ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)水準の省エネ性能を確保することを目指すことなどが明記された。

□建築分野のCN関連政策、省エネ・再エネで官民が積極対応□
日本のエネルギー消費全体で見たときに、住宅・建築物におけるエネルギー消費量は大きな割合を占めていることから、今後、建築分野の脱炭素化はより重要性を増すと考えられる。
住宅・建築物における脱炭素化に関する取り組みは多岐にわたるが、エネルギー政策上は「省エネ性能の確保・向上による省エネルギーの徹底」と「再生可能エネルギーの導入拡大」に分類することができる。
省エネについては、21年4月に施行された改正建築物省エネ法で、中規模のオフィスビル等の省エネ基準適合義務化や一戸建て住宅等の建築主への説明義務化が新しく加わった。また、25年度には全ての新築住宅・建築物に省エネ基準適合を義務付ける方針も示されており、ハードローによる規制強化が着々と進んでいる。
政府の動きに連動するような形で、企業も省エネの取り組みを一層強化している。例えば住宅分野では、一部の大手ハウスメーカーが受注物件の約8割(実績ベース)をZEHにするなど、非常に先進的な成果を上げている。再エネについても同様に、急速な変化が起きている。太陽光発電(PV)をはじめ、風力、水力、バイオマス等の再エネの中でも、特にPVの変化はドラスチックだ。
例えば、東京都では22年9月にPV設置義務化等の基本方針を示した。中小規模の新築住宅等に対し、PV設備の設置や高い断熱・省エネ性能等を義務化するなどの内容であり、PV設置の義務化を明言した国内では先進的な事例となる。
欧州連合(EU)では建築物の脱炭素化関連の目標をEPBD(Energy Performance of Buildings Directive)等を通じて定めており、同目標でのZEBの定義に大きな変化があった。
欧州委員会は21年12月、ZEBの定義を「Nearly zero-energy buildings」(Nearly ZEB)から「Zero-emission buildings」に変えていく方針を示した。これにより、EUではZEBをCNという長期目標に整合させ、さらなる普及拡大につなげる意図が読み取れる。日本でも、今後はエネルギー政策と脱炭素政策の位置付けを再確認し、着実にCNに寄与するような政策を考えていくこととなる。

□居住者への価値訴求が不可欠、企業の社会的責任に位置付け対応促進□
ここで、住宅・建築物の脱炭素化の実態を踏まえ、今後わが国に必要と考えられる取り組みの方向性について述べたい。はじめに住宅について、新築住宅においてはZEHの標準化が進んできていると考えられるため、省エネ・再エネポテンシャルが比較的高い住宅でより高次のZEHを実現し、住宅全体でみた時のエネルギー効率を最大化するという考えが重要だ。特にZEH化で必須となる省エネは、地域等にかかわらず、光熱費削減や快適性向上等の居住者メリットがあり、消費者にその価値を訴求していく必要がある。
次に非住宅建築物について、現時点では新築・改修・建て替えのいずれかにおいても、ZEBが標準化されているとはいえない。特にZEBの場合は、高性能機器の導入等にかかるコスト増が障壁となるケースが多いため、費用対効果を高めることが重要だ。例えば、建築物に本当に必要な設備の有無を見直すことで、過剰な設備投資を抑えながらZEBを実現する方法が考えられる。
ほかにもZEBを企業の脱炭素の標準の取り組みとして奨励することで、ZEB化による追加コストを企業の社会的責任の一つに位置付けるという方法もある。そのためには、ZEB化の価値を認めるような評価制度や、ZEBによる二酸化炭素(CO2)削減効果の見える化等の取り組みも求められる。
脱炭素社会の実現に向けて政策目標の達成は必須であるが、決して容易な目標ではない。今後は一層取り組みを強化し、ハウスメーカー、デベロッパー、設計者、施工者、投資家、行政など、ステークホルダー全体で協調して目標達成にコミットする必要がある。
22年7月に全国知事会が、都道府県が新設する建築物についてZEB Ready相当を目指すことを宣言した。これは小さな一歩かもしれないが、行政がリーダーシップを執り、ステークホルダーに対して方向性を示したという点で大変意義があると考えている。こうした動きを一過性の出来事に終わらせず、官民連携でさらに脱炭素化の取り組みを加速させる、大きな流れが生まれることを期待している。
(おおえ・ひであき)2017年野村総合研究所入社。主にエネルギー・建築分野での政策立案に関わるコンサルティング支援に従事。現在はCN実現に向けた政策提言や官民連携のルールメイキングの支援等を行う。
次回は4月12日付掲載予定