春が近づくと、街は忙しそうな顔をする。桜は律義に咲き、人々も新しい季節を待っていたそぶりをする。けれど当の本人はというと、どうも気分が乗らない。心が軽くなるはずの季節が、どうやら花粉と一緒に、妙な怠惰まで運んできたらしい▼考えてみれば、春は「変わりなさい」と優しく背中を押す季節でもある。入学、異動、新生活。世の中はまるで大規模な模様替えだ。家具を動かし、壁紙を張り替え、昨日までの景色を新しくする▼その騒ぎの中で、心だけが古い部屋のまま取り残されていることもある。もちろん、変化は悪いものではない。むしろ停滞こそが退屈の温床だ、と人はもっともらしく言う。ただ、その「変わるべきだ」という空気が、時に親切な圧力になる▼春風は穏やかな顔をしているが、背中を押す力だけは案外しっかりしている。だから時々、思う。もしかすると憂鬱(ゆううつ)なのは春のせいではなく、「変わらなくてもいい」と言ってくれる人が少ないからではないかと▼満開の桜の下で、つぼみのままでいる勇気も、案外悪くない。まあ、そんな空想とは関係なく、花は散り、季節もきちんと前へ進むのだが。







