JAPICの緊急提言から・5/過去に休止したダム・遊水地を再検証

2021年3月24日 トップニュース

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 ◇省庁・担当部門の壁を越えた総力戦の防災を

 公共事業の中でも「一度動きだしたら止まらない」事業の象徴とされてきたダム事業。だが、1990年代から環境問題や水需要の減少、事業者の財政問題、地元の反対運動などで、多くのダム事業が中止あるいは凍結された。特に2001年に当時長野県知事であった田中康夫氏が県議会で「脱ダム宣言」して以降、その動きは加速。全国各地でダム事業が見直された。

 ただ、実際に豪雨災害が起きるたびに「治水整備の遅れが招いた」という声が上がり、ダムの必要性を問う意見もあった。長野県も2006年に諏訪湖・天竜川流域で豪雨災害(平成18年7月豪雨)が起こり甚大な被害が発生。これを契機に住民から脱ダム宣言に対する疑問の声があがった。その直後に行われた知事選で、田中氏を破った村井仁知事は2007年に「脱・脱ダム宣言」を行い、ダム建設を再開。脱ダム宣言の象徴であった浅川ダムは2017年に竣工した。

 ダム事業は調査開始から完成まで何十年もかかる。当初、治水や利水、発電などを行う多目的ダムとして計画されていたが、時間の経過とともに経済状況が変わり、目的が変わる場合もある。20年7月豪雨による被害を受け、現在流水型ダムとして検討されている川辺川ダム(熊本県)も多目的ダムとして計画されたが、その後治水と不特定用水の補給に変更。事業自体も地元首長らの反対を受け休止となり、ダムによらない治水対策を模索中に豪雨被害に遭った。

 豪雨災害後に設置された九州地方整備局と熊本県、球磨川流域12市町村で構成する「豪雨検証委員会」で、九州整備局は今回の洪水のピーク流量は市房ダムで洪水調節し上流で氾濫がなかった場合に人吉地区で毎秒7400トンだったとし、川辺川ダムがあれば流量を毎秒約2600トン低減でき、浸水面積は約6割減となるとした。仮に川辺川ダムがあったとしても全ての被害を防ぐことはできない状況は、従来の考え方に基づく治水対策ではこの異常気象に対応できないことを意味する。ただ、被害軽減効果は大きかったはずだ。

 JAPICの緊急提言では「豪雨災害の死亡者ゼロ」を目指し、気候変動に伴いさらに厳しくなる洪水ピーク流量を「ためる」ことで、下流域の治水対策に有効となるダムや遊水地、放水路について、再検証・再評価・再検討を行うことが重要だと指摘している。将来に向けて、下流域の住民の避難時間の確保や浸水面積の削減などにつなげていき、ハード・ソフトを組み合わせた流域全体の治水対策の必要性を説くものだ。

 ダムや遊水地、放水路などの整備は時間と費用がかかる。だが、豪雨災害はいつ起こるとも限らない。できることから治水対策を進めて行かなければ、洪水災害から人の命や財産を守ることはできない。ため池の統合管理や水田貯留、公園などを活用した都市内貯留施設整備などは、すぐにできる対策の一つだ。こうした施設改良の補助や税制上の優遇措置をもっと充実する必要がある。耕作放棄地での貯留効果を確保するための仕組みづくりも急がれる。

 国は利水ダムの治水利用やダムの事前放流による貯留機能の増大への取り組みを開始した。これまで所管省庁の壁があり、手が付けられなかった利水ダムの治水利用を可能にした。今後、省庁間や部門間の壁を取り除いていき、あらゆる施策を総動員しなければ、異常気象による水害から国民を守ることはできない。