◇ビジネスコンサルティング本部ストラテジーグループプリンシパル・ディレクター・清水健 前回は建設業が抱える人手不足という課題の解決には、生産システムの再構築が重要であることを論じた。建設業は製造業やサービス業に比べると、労働条件が過酷で人材確保が難しいとされる。ロボットを用いた省人化を進めるには技術・技能の形式知化が必要であり、今回は“生産システム”について論じたい。 □デジタルツールで正確なコピー&ペースト、3Dモデルの作製・運用を効率化□ 建設業での新たな生産システムというと、BIM/CIMの導入のことだと早合点されてしまうかもしれない。実際、国土交通省が2021年に調査したBIMの普及率は従業員50人以上の国内企業で約6割に達している。これは公共工事での利用が義務付けられる国の中ではやや低いものの、特に対応の遅れは目立っていない。一方、同省の調査によると、日本の公共工事でのBIM/CIMの利用率は20年度時点でわずか1・6%にとどまっている=グラフ参照。 利用率がこれほど低い理由の一つには、設計や施工の方法を変えずにツールを導入しようとすることが挙げられる。BIM/CIMのメリットは、3Dモデルで事前の干渉チェックや正確な物量把握ができたり、3D内見などで顧客とのイメージのずれを防げたりするなど、フロントローディングにある。他方、2Dの図面で設計や審査、施工を行ってきた日本の建設現場で新たに3Dモデルを作るには、追加工数をかける必要があり、人手不足に拍車がかかる。 そこで、BIM/CIM導入の目的に立ち返って考えてみたい。主目的には業務の効率化や手戻り防止などによる人手不足の解消があり、BIM/CIMなどのデジタルツールの良さは正確なコピー&ペーストにある。つまりBIM/CIMを使って実現すべきはコピー&ペーストできる3Dモデルのつくり込みと運用である。そのためには、〈1〉3Dモデルの使い回しを前提とした標準プロセスの規定〈2〉3Dモデルの定期的な見直し-の二つが必要になる。 □「誰が何をどうするか」を定義、モジュール化・標準で使い回し□ 〈1〉にある「3Dモデルの使い回し」は構造物全体ではなく部分的にモジュール化し、その組み合わせで構造物を作ることを意味している。建設業は一品モノづくりなので理想論に聞こえるかもしれないが、内外装以外の躯体や配管、ダクトなど人の目に見えない部分はその限りではない。施工図は現場起こしが基本で、似た取り合い図面を違う現場で都度描いている。まさに「車輪の再発明」のごとく、各現場で類似の成果を何度も一から積み上げているのもまた事実である。 他産業では一歩先の取り組みを進めている。日本のマツダはモデルベースシステムズエンジニアリング(MBSE)を進め、シャシーやエンジンなどの設計手順や検討項目、3Dモデルを事細かに標準化し、ルールの逸脱は認めずに同じ検証をしている。これにより設計者にも学習効果が働き、幅広い車種の提供と顧客の獲得に成功している。 さらにオランダの造船会社ダーメンでは、「NAVAISプロジェクト」と銘打ってフェリーとタグボートを対象に、船のサイズやデザインを変えられるようにした画期的なモジュールデザインの実現を目指している。船の幅を指定すればプログラムが自動的に制約を満たす設計を選ぶ、トポロジー最適化問題の実装を進めている。 □従来方法をゼロベースで見直し、トップのマインドチェンジが不可欠□ 次に〈2〉について考察すると、標準化したものは作った瞬間から陳腐化が進む。ポイントは標準プロセスを追加ではなく改善し、手順を変えることにある。見直しのためのチェックリストを作ると、時間がたつにつれ項目が爆発的に増えるばかりか、関係ない項目が増えて、気が付くと有名無実化してしまう。日本のある造船所では、過去の設計不具合を一覧にし、設計標準プロセスの改善に取り組んだ結果、新造船時の設計不具合を約10分の1にできた。その中には配管種類を限定するなどの細かい対応も含まれる。性能を出すために船の中で一本しかない配管を一から作ることも辞さない企業文化を持つ業界としては、思い切った対応といえる。 こうした取り組みは、一品モノづくりを前提とし、現場が強い建設業の文化と決して相性がいいとはいえない。設計者は建築物の全体を把握しながら、さまざまな建築物に使い回せるモジュールを作る必要がある。また全ての状況・条件に合致して使える万能な建築モデルは存在せず、人手に限りがある中で建築物の施工や条件にも制約が出てくる。 建設業にとって商品である建築物の機能・構造や造り方を絞り込むことを、人手不足などの経営課題と天秤(てんびん)にかけながら、最終的に経営者が判断するべき時である。製造業発の本設計方法を積極的に取り込めれば、工場での繰り返し生産も視野に入り、現場の作業環境の改善にもつながる。ただし、こうした取り組みは日々の試行錯誤が必要であり、すぐに満足のいく結果には到達しない。解決したい課題を明確にし、そのためのやり方を柔軟に変更する姿勢が求められる。 次回(9月14日付掲載予定)はこうした生産システムへの変革が、建設業に新たなビジネスチャンスをもたらすことを論じたい。 (しみず・けん)2017年にアクセンチュア入社。建設業だけでなく、造船、航空・宇宙製造業など、一品モノづくりを中心に戦略からオペレーション構築まで多岐にわたる支援実績を有する。