2024新年号/産業政策のこれから、国交省官房技術審議官・林正道氏に聞く

2024年1月1日 特集 [3面]

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 ◇建設現場へ実装 技術革新の転換点に/地域のために体質の変革が必要

 □新たなフェーズ□

 --発注行政の立場から2024年の直轄事業の展望を。
 「多くのことが変わる年になるだろう。新たに法制化された国土強靱化実施中期計画の検討が進むことで、予算面などで今後の見通しが付くようになる。(時間外労働の罰則付き上限規制の適用による)『建設業の24年問題』は確かに課題ではあるが、この機会に働きやすい環境に変えるという意味で前向きに捉えるべきだ。建設業にとって新しいフェーズが開かれる1年になるのではないかと感じている」
 「技術開発も思い切って進めていきたい。建設施工のICT活用を以前から推進しているが、これまで助走をつけてきたものが一気に飛び立つような転換点にしたいと思っている。より省人化にフォーカスして意欲的な技術開発に取り組む。なかなか機械化が難しかった産業だが、製造業と同じように仕事のやり方が革命的に変わっていく兆しが見えてきている」

 □技術の力で打開□

 --建設現場の生産性向上の新たな方向性も打ち出している。
 「ICTやセンサー、データベースなどの技術革新が大きい。例えば建設機械を1人のオペレーターが操作する場合、1台ではなく10台を同時に動かせるようになる。そうすると現場の生産性を2割、3割向上させると言うよりは、2倍、3倍にすると言っていくべきではないか。大手ゼネコンが手掛けるダムや砂防の現場に限られていた先進事例を水平展開し、地域の建設会社にも広めていく必要がある」
 「技術の力で今まで難しかったことを打開したい。10台の建機を執務室から遠隔で動かせるようになれば、変わるのは生産性だけではない。働く環境も、安全性も大きく変わる。それがまさにDXだ。まだ抽象的なイメージの域を超えていないが、その姿を見える形とし、しっかりと目標を明らかにすることが重要だ。(IT関係の)スタートアップなどの力も借りながら取り組んでいきたい」
 --時間外規制の適用に当たって、直轄工事では適正な工期設定や書類業務の軽減などの観点で対応策を講じている。
 「4月まで準備期間は限られている。できることはすべてやりたいと思っているが、われわれが考えつく施策だけでは足りない面もあるだろう。そこは建設業界の皆さんとのコミュニケーションを通じ一緒に考え、着地点を見いだしたい。われわれの業界は受発注者が一緒につくり上げるものだ。地域ブロック別の意見交換などの場を大切にし、どこが足りてなくて、どこを変えてほしいのか聞いていきたい。厚生労働省など関係機関とも調整し、変えられるものはすぐにでも変えていく」

 □新技術を積極導入□

 --働き方改革につながる技術の活用を推進する観点も重要だ。
 「発注者として実際に現場を持っており、自分たちが新しい技術を使おうと思えば使える立場にある。その利点をフルに活用し新技術の社会実装を推し進めたい。われわれ自身が新技術に対して臆病、保守的になっていた面もある。直轄の現場をフィールドに使い、これまで以上に積極的に取り組んでいく」
 「優秀な技術を評価する仕組みも考えていく。生産性向上や省人化につながるような新技術を現場に導入するため、従来の技術と比較しメリットがある場合は採用したり、新技術の採用可否を定期的にチェックする仕組みを設けたりすることで、われわれ自身を新技術の導入に積極的な体質に変えていきたい」
 --中長期的には将来の担い手を確保し持続可能な産業構造への転換が求められる。
 「地球温暖化対策の『緩和策』と『適応策』と同じように、担い手の確保とともに将来の減少を前提とした対応も必要だ。人口が減っても自然災害は減ることがなくインフラの老朽化は進行する。5年、10年、20年といったスパンで、担い手の将来想定から逆算して目標をつくり取り組むべきではないか。国土を守るチームを維持していくために生産性向上が必要であり、国民や地域のためにICTの活用や業界体質の変革が必要であるとの認識を社会全体に浸透させていく」。

 □生産性向上目標を見直しへ□

 持続可能な建設業を実現するため生産性向上の目標をどう設定すべきか--。国交省が昨年12月に開いた産学官組織「iーConstruction推進コンソーシアム」の企画委員会では、技術革新の進展や大規模災害の頻発化、インフラの老朽化などを踏まえ従来目標の見直しが必要との意見が相次いだ。24年以降、検討を深め新たなビジョンを示す方向だ。
 25年度までに生産性2割向上の従来目標に対し「もっと高い目標を持つべき」と明確に主張したのは小宮山宏三菱総合研究所理事長。長期的にもインフラを維持できるよう、目標を「バックキャスティングで考えるべき」と強調した。安宅和人慶応大学環境情報学部教授は、災害頻発による需要増を前提に「(生産性向上を)劇的に加速しないといけない」と指摘。「ムリ・ムダ・ムラ」の削減によるビジネスプロセスの見直しに踏み込むべきと訴えた。
 建山和由立命館大学総合科学技術研究機構教授は、地方自治体や中小建設会社のICT活用に対する姿勢の2極化に着目し、先進的な好事例を広げるための施策展開を要求。小澤一雅東京大学大学院工学系研究科特任教授も担い手不足が深刻な地方の現場に目配りした対応を求めつつ、技術的な「競争領域」と「協調領域」を見極めた上で国が協調部分の推進をリードするよう期待した。
 田中里沙事業構想大学院大学学長は、俯瞰(ふかん)的に視野を広げ外部の領域と連携していく必要性を強調。新技術導入が生産性向上や企業価値向上といった成果にどうつながったかのプロセスを公開・PRし、高価な技術でも知的財産として未来に生かせる可能性があるとの認識を広げることも提案した。電機メーカーなど他産業の有識者からは、職場環境の改善などウェルビーイングの観点で新たな目標を設定したり、投資対効果(ROI)を測る仕組みを設けて効果的な取り組みを広げたりするといった提案があった。