1990年代半ばのこと。当時の本紙編集局長が本欄で漢文学者・竹谷長二郎氏(1910~2012年)からの手紙について書いている▼江戸後期に活躍した文人・武元登々庵の漢詩集『行庵詩草』。この口訳と評釈がまとめられた竹谷氏の著書をコラムで紹介すると、ご本人から手紙が届いた。「墨痕も鮮やかにお礼の言葉が認(したた)めてあって恐縮した」という▼手紙の内容は、日刊建設工業新聞の題字にも話が及ぶ。紙面を見て着目いただいたようで、こうつづられていた。〈隷書体はとかく単なる図案に堕する惧(おそ)れがありますが、これは書として芸術性高くどの新聞の題字にも劣らないものと拝見いたしました〉▼本紙題字は日展評議員を務めた篆刻(てんこく)家・松丸東魚(1901~75年)が作者。戦後間もない頃、本紙サイズが大判に変わるのに合わせて依頼した、と社内の古い資料に残る。竹谷氏が知るはずもなく、その深い洞察力に改めて感服する▼読者には、時にはどう書かれた題字であるかにも目を向けていただければうれしい。これからも先人の仕事に恥じることのない新聞づくりに努めたい。








