2024新年号/産業政策のこれから、国交省不動産・建設経済局長・塩見英之氏に聞く

2024年1月1日 特集 [2面]

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 時間外労働の罰則付き上限規制の適用が4月に始まる2024年は、建設業がこの先も持続可能な産業になれるかどうかを左右するターニングポイントとなるかもしれない。長時間労働を招いてきたような旧来の業界慣行や働き方を見直し、技術革新を通じ生産性向上を成し遂げる。そうした前向きな気持ちで「ピンチをチャンスに変えていく」ことが重要だ。建設業行政と公共事業の発注行政を担当する国土交通省幹部に、この1年の政策課題や解決に向けた展望を語ってもらった。
  ◇制度化から運用へ業界全体で魂込める/新たな働き方定着を後押し

 □他産業より魅力高める□

 --業行政の立場から、建設産業の現状の課題は。
 「現場で働く人なしに建設業の将来はないとの認識が広く業界に広まっている。かつては自分事ではなく下請の問題と捉える向きもあったが、今では元請も含めた業界全体の共通認識となっている。こうした中で時間外労働の上限規制が適用される。これは一里塚であり、まずは法規制を守れるよう対応し、それにとどまらず働き手の労働時間を短くして他産業より魅力ある職場にしていくことが大きな目標となる」
 「若い人たちにとって職場の魅力は、働き方もあれば賃金、処遇も大事な観点だ。そして職場の先輩、経営者などが温かく従業員を見守り、人材を大事に育てていくという文化がベースとして必要だろう。人材が定着している元気な会社が、人材をきちんと確保できていると思う。賃金や労働時間では計れないことにも目を向け、頑張っている会社をアピールしていかなければとも思う」
 --政策的にどう対応していくか。
 「地道な取り組みが大事だ。公共工事設計労務単価の引き上げを賃金上昇につなげ好循環を生み出していく取り組みを続けている。加えて制度的にも賃金、処遇がより良くなる仕組みを整備する。そのために建設業の契約のルールを見直していく。これが中央建設業審議会(中建審)と社会資本整備審議会(社整審)の基本問題小委員会の中間取りまとめで、元請と下請、発注側も含めた全体の総意として示された基本的な考え方だ。良い形で制度として実現していきたい」

 □実効性が鍵□

 --中間取りまとめをどう制度に落とし込み、運用していくか。
 「頂いた提言を政府として最大限尊重し、形にするのが責任だ。詰めの作業はこれからだが、できる限りそのままに近い形で制度化したい。あとは制度を生かすも殺すも運用の段階にかかっている。法律は基本的な枠組みであり、その後に具体的な運用を関係者らと決めていく必要がある。皆さんが納得できる運用のルールとするため大事なのは『実効性』だ。『制度つくって魂入らず』とならないよう、このルールを守ることが業界全体のためになると思ってもらえるような提案を行い、合意を得ていきたい」
 --重層下請構造の弊害是正や労働力の需給調整など、積み残した課題にはどう取り組む。
 「建設業をより良くするには一つ法律を変えれば済む話ではない。これまでも何十年の政策的対応を含めた小さな積み重ねがある。中間取りまとめの内容はより急ぐべき事項として最優先で取り組むが、これだけで十分ではない。積み残しになっている課題に限らず、その都度現れる課題に一つ一つ丁寧に対応することで一歩ずつ業界が良くなっていくのではないか。中間取りまとめで継続的な検討事項として明記した事項は、一定の作業が一段落したらより優先して取り組む。そのために幅広い視野で考えを温めていこうと思う」

 □時間外規制クリアへ□

 --時間外規制の適用が目前だが、政策的対応の方向性は。
 「実情がつぶさに分かってはいないが、現場の技能者は各社での工夫がある程度実を結んでいる。4、5年前と比較し、既に規制対象となっている製造業などの他業種を超えて労働時間の短縮が図られている。各社の自発的な努力には敬意を表したい。(規制順守は)それでも難しいと訴える人も一部いるが、4月までに手を尽くさなければという思いは共有されている。もう一段の工夫や努力をお願いしたい」
 「一方、現場の技術者は労働時間がやや長い傾向がある。発注側との関係で書類が多いなどの指摘があり、その削減には早急に取り組む。それでも規制範囲内とならない場合は(現場業務のバックオフィス化など)代わりの人材を確保することが現実的な解決策になるだろう。専門工事会社などには元請の理解がないと工夫のしようがないという声もある。2023年度補正予算では元下間の調整などで効率的な施工に挑戦するための費用を確保した。それが標準形となり今までと異なる仕事のやり方が定着することを期待している」
 --工期が厳しいとされる市町村や民間発注者にはどう働き掛けるか。
 「建設業の働き方改革について発注者団体などに理解してもらう意識啓発に取り組みながら、工期に無理がある個別工事には立ち入り調査などで改善をお願いしている。直近の中建審では、5年前の建設業法改正で制度化した『工期に関する基準』の実効性を高めるべきではという議論もあった。より週休2日を意識した基準に見直し、それを民間発注者にも明確にお願いしていくことが次なる取り組みになるだろう」。

 □外国人材に選ばれるように/企業の活力生む事例も□

 建設業など多くの産業で今や欠かすことができない存在となっている外国人材。政府の有識者会議で人材確保・育成を明確に打ち出す新制度「育成就労」を従来の技能実習に代わって創設する提言が昨年まとまり、政府が通常国会への法案提出を目指している。こうした新たな局面を経て、今後も外国人材に日本、そして建設業を選んでもらうには、日本人技能者を含めた今まで以上の処遇改善が不可欠と言える。
 国交省の塩見不動産・建設経済局長は、担い手の減少スピードが速まる中で新制度に期待を寄せながら「詳細が決まり次第、業界の皆さんに早く理解を頂き、円滑に新制度に移行してもらえるよう検討する」と気を引き締める。日本人と同等の賃金、処遇は当然として、技術を研さんすれば自らのキャリアの先々も見通せることを働き手にアピールする必要性を強調。その上で「行政として必要な材料を提供し、官民一体で優秀な外国人材の獲得に努めていきたい」と呼び掛ける。
 職長レベルの熟練技能を持つ特定技能2号の認定者も続々と増えており「日本人を補完するような存在ではなく、むしろ指導するような立場になってきている」と指摘する。
 国交省が本年度創設した「外国人材とつくる建設未来賞」では人材育成に積極的な建設会社も受賞対象となり、異なる文化を背景に持つ外国人の存在が日本人の気持ちを引っ張ることで企業の活力になっている事例もあった。塩見局長は「会社ごとに教育の工夫で素晴らしい取り組みがある。それに光を当てて、いいモデル、お手本になってもらいたい」と期待する。