◇篠原一男氏の建築家像を再考
建築家・篠原一男氏(1925~2006年)の生誕100年を記念した展覧会「篠原一男 空間に永遠を刻む--生誕百年 100の問い」が、東京都港区のTOTOギャラリー・間で開かれている。「住宅は芸術である」と唱え、小住宅の設計に力を注いだ同氏。手掛けた住宅は日本の現代住宅の一つの到達点を示すものとして、現在国内外で再評価の機運が高まっている。今回の展覧会では「永遠性」をテーマに建築家像を再考する。
篠原氏は東京工業大学(現東京科学大学)で清家清氏(1918~2005年)に学んだ。卒業後、同大学のプロフェッサーアーキテクトとして教育と設計を両輪に活動を展開。退職後は自邸兼アトリエ「ハウス・イン・ヨコハマ」(85年竣工)に篠原アトリエを構え、設計と言説の発表を続けた。
坂本一成氏、長谷川逸子氏を代表に「篠原スクール」と呼ばれる建築家たちを輩出。篠原氏の薫陶や影響を受けた多くの建築家が現在、建築界の第一線で活躍している。
キュレーターの一人で建築家の奥山信一氏(東京科学大学教授)は、篠原氏が70年代以降の住宅建築デザインに多大な影響を与えた背景について「70年代の日本は人々の欲望が多様化し、その欲望は丹下健三氏が刻んできた美しいグラデーションがある建築と都市の空間に収まりきらないほどの広がりをもった。その中でもう一度、多様な欲望に対応できるような、建築独自の形と空間のコンセプトに新調する必要が出てきた」と指摘する。
こうした時代に登場したのが篠原氏と磯崎新氏と主張。「70年代以降の篠原さんと磯崎さんの力がなければ、現代の日本建築の活性は生まれなかったのではないか」との考えを示す。
展覧会のタイトルにある「空間に永遠を刻む」は、厳格な幾何学構成を持つ「白の家」(66年竣工)と、ゆがんだ正方形の広間に地中に沈めた寝室を接続した「地の家」(同)という対照的な作品を発表した時の篠原氏の言葉だ。
その意味について奥山氏は「白の家は竣工直後に計画道路が敷地内に通ることが発表され、出来上がった瞬間にすぐに取り壊されることが宿命付けられた。これををきっかけに、当時強い力を持っていたメタボリズム(生物が新陳代謝を繰り返しながら成長する仕組みを建築や都市計画に取り入れる建築運動)とともに、変容するコンセプトと対峙(たいじ)するかたちで提示した」と説く。
今回の展覧会では、東工大の篠原研究室が作製した原図や模型、真筆のスケッチ、家具などを展示。篠原氏のスケッチは国内で初めての紹介となる。
会場では、篠原氏が唱えた永遠性を現実化した「白の家」「地の家」「から傘の家」(61年竣工)の3作品と、これら初期作品の空間概念と密接に関わる五つのプロジェクトを紹介している。3作品の内観写真や篠原研究室作製の模型、製本図面などを展示。初めて25枚ひとそろえで展示された白の家のトレーシングペーパー原図も見どころの一つだ。
奥山氏はこの原図の中にも篠原氏の永遠性があると指摘。「生前、篠原先生からお預かりする時に『ここにもう一人の篠原一男がいます。スタッフは私だけではなく、この図面とも対決しました』と言われました。この図は今の私たちがリドローイングするのが不可能に近いほどの精度で描かれている。篠原研究室ではバイブルとなっていて、スタッフがこれを目指して修行を重ねたと言われている」と見どころを紹介する。
「ハウス・イン・ヨコハマ」の主室空間を、オリジナル家具の再製作などによって再現している。この建築は篠原アトリエに接合された自宅で、主室空間は篠原氏がスケッチを描く作業場として使用していた場所。再現した空間に、ハウス・イン・ヨコハマの検討時期のスケッチなどを展示している。
自身と家族のために山荘として計画された未完の遺作「蓼科山地の初等幾何」も見ることができる。展示に際し、この作品のために篠原氏が残した約800点を超えるスケッチ群を代表すると思われる30点を厳選した。
中庭では同氏の100の言葉を紹介。現代美術センターCCA北九州が主宰したシンポジウムに際し撮影されたインタビュー映像も見ることができる。奥山氏は「何回も来て、いろいろなことを考えながら過ごせる仕掛けを施している。現代建築の方向性を篠原氏と対話しながら考える場所にしてほしい」とPRしている。
■展覧会「篠原一男 空間に永遠を刻む--生誕百年 100の問い」
会場はTOTOギャラリー・間(東京都港区南青山1の24の3 TOTO乃木坂ビル3階)。開館時間は午前11時~午後6時。会期は6月22日まで(月曜休館)。入場無料。
□自身編さんの作品集復刻『篠原一男(復刻版)』□
篠原氏の生誕100年を記念し、自身が編さんした作品集『篠原一男』(1996年発行)を復刻した。処女作「久我山の家」から「横浜国際旅客ターミナル設計協議案」などアンビルドまでの全55作品と、書き下ろし論文160枚を掲載。思考の痕跡が刻み込まれたドローイングは、本書で初めて公開された。
発行はTOTO出版。復刻に際し、作品集に論文と作品解説を英訳したブックレットがセットになった英語版も用意した。価格(税込み)は作品集が1万6500円、英語版が2万2000円。