漫画『こちら葛飾区亀有公園前派出所(こち亀)』の世界が立体の建築空間に--。東京都葛飾区に3月開館した「こち亀記念館」のファサードは、原作漫画のコマが飛び出してくるような仕上がり。館内は漫画にまつわるさまざまな展示内容が来館者に迫り、体験を中断させない空間。大きな窓がコマとなり、グラフィックコンテンツや来館者を映し出し、まちににぎわいを演出する。地域に根差した作品の世界を発信することで、亀有のまちの魅力を伝えている。
こち亀記念館(亀有3の32の17)は展示と観光拠点の機能を併せ持つ施設。RC・S造5階建て延べ540平方メートルの規模。建築主は葛飾区。設計は久米設計、施工はトーヨー冨士工が担当した。展示内容は乃村工芸社が手掛けた。
コンセプトは「主人公が漫画の舞台となる派出所を勝手に自分の記念館に改造してしまう」。久米設計設計本部第一建築設計室の三浦洋介部長はこのコンセプトをストーリーにしながら設計を進め、「現実世界に主人公が出てくる立体的な漫画空間にしたかった」と振り返る。
同記念館は漫画のコマ割に見立てたキューブ状の動線空間を「立体的な漫画の空間」として表現した。ファサードは漫画を読むように目線が上から下へと流れるようにデザインされている。
館内ではまずエレベーターで最上階へ上がり、下りながら展示物を見学する。上階から下階へと降りる動線は「漫画の読み方にも重なる上、来館者が自然と展示を楽しめるようにする効果がある」(三浦氏)。上りながら見学する場合、エレベーターの待機スペースが必要になり、展示スペースが削られてしまうという問題も解決した。直通階段を屋外に設け、室内動線の自由度を上げる工夫も凝らしている。
上から下へ読み進める漫画のコマ割に通じるものがあり、作者の秋本治氏にも好評だったという。
同記念館は漫画自体を見せるのがコンセプトで、5階から始まる展示空間はシームレスな動線が特徴だ。5階は秋本氏の私物や資料などを展示し、こち亀の世界へと誘う。4階の原画ギャラリーは複製原画を大量にそろえ、作品の世界観を表現。3階の名場面体験BOXは、ゲーム性のある展示やデジタルコンテンツを活用して、作中の名場面を体験できる空間となっている。
2階の体験展示では、主人公の部屋や執務室を再現している。1階の交流スペースは亀有の歴史や文化を紹介することでまちの魅力を発信し、まちに繰り出すという流れ。上階のこち亀の展示から、下階に降りるにつれて観光情報発信や地域交流スペースへと徐々に亀有のまちにフォーカスする空間構成となっている。
久米設計設計本部第一建築設計室の河合陸人主査は、展示を施設内で完結させず、まちへとつなげる仕掛けに「秋本先生も共感してくださっていた」と胸をなで下ろす。三浦氏も「建築がまちにどのような効果を波及させていくかが、最も大事なこと」と狙いを説く。
敷地は間口が狭く細長い。近隣施設との距離が近いため、プライバシー確保を目的に長手方向(奥行き)はRC造の壁、短手方向(間口)はS造とハイブリッド構造になっている。室内は柱が壁に内蔵されており、内部空間を大きく確保できる。漫画のコマ割を模したファサードに柱が邪魔をしないというメリットもある。
「敷地面積が限られている中での展示スペースの確保はチャレンジングな試みだった。結果的に特徴的な形の建物になった」(三浦氏)。
建設プロジェクトはスケジュールがタイトだったが、上階から下階へと降りる動線や、RC造とS造のハイブリッド構造など同社の提案が区や秋本氏の理解を得られ、スムーズに進捗したという。
設計者らがこち亀のドタバタ感や主人公のいいかげんな性格を表現することに真剣に向き合い、完成した同記念館は作品の世界観を楽しめる。館内を巡りながら作品や亀有の魅力に触れられる展示を用意し、施設を出発点にした町歩きを促す。こち亀とまちの魅力を表現する新しい一コマとなっていく。