◇記録として残し若手技術者の助けに
五洋建設で長年にわたり沈埋トンネルの技術研究を重ねてきた下石誠顧問(元専務執行役員)が、『海底トンネルの造り方~水の力でつなぐ沈埋工法~』を出版した。普段目にすることが少ない沈埋工法による海底トンネルの造り方を丁寧に解説。下石氏が約30年前に描いた一枚のスケッチから生まれた最終継ぎ手工法の誕生経緯も紹介されている。日本港湾協会賞企画賞を受賞し「光栄に思う。これまでの技術者としての経験が、書籍の刊行や表彰につながったと感じている」と語る。
--執筆の経緯や本書の特徴は。
「顧問となり、後任への引き継ぎが済んだころに社長から『過去の経験を本にして出版してはどうか』と声を掛けられた。少し迷いはあったが、記録として残すことが今後の技術者の助けになるのであればと思い、執筆を引き受けることにした」
「約30年間にわたり急速に進展してきた沈埋トンネル技術を体系的にまとめた。各地で実施された『Vブロック工法』『キーエレメント工法』『クラウンシール継ぎ手』など、技術開発の過程を含めて詳細に記述している。一緒に仕事をしてきた関係者のコメントも収録し、沈埋トンネル施工に関する情報を凝縮した構成だ。単なる技術書にはとどめていない」
「土木を志す若者や技術者を目指す学生たちにとって、理解しやすく読みやすい内容になるよう心掛けた。この書籍を通じてチャレンジ精神を持ってもらえればうれしい。土木技術の魅力、技術開発の醍醐味(だいごみ)を広く知ってもらいたい」
--執筆で苦労した点は。
「まずは過去の資料を引っ張り出し、再び学び直すところから始めた。どのような構成にすべきかを考える中で、単に技術を伝えるだけでなく、自身の取り組みを通じて若手へのメッセージを込めることが必要だと思った」
「執筆前から社内に蓄積された資料を整理し、技術資料として残す必要性を強く感じていた。現場での施工技術はある程度継承されているが、技術開発の経緯を示した資料は極めて少なかった。今後キーエレメント工法をさらに改良、発展させるには、初期にVブロックを導入した背景を正しく伝えておく必要があると考えた」
--沈埋トンネルの魅力や印象に残っている現場は。
「羽田空港近辺で計画された首都圏高速道路湾岸線『川崎航路トンネル』が、沈埋トンネルの施工管理に携わった初めての現場だった。長さ約130メートル、幅約40メートル、高さ10メートルという巨大な沈埋函のスケールには圧倒された。複数の巨大函体を連結し、水圧で接合する技術の迫力にも驚かされた。これまで経験したことのない規模の工事に、一気に魅了されたのを今でも鮮明に覚えている。もしこの川崎の現場に配属されていなければ、沈埋トンネル技術に深く関わることもなかったかもしれない。それほど技術者として転機になった現場だ」
--沈埋トンネル技術の将来をどう見ている。
「水圧接合技術を応用すれば、耐圧ガラスの窓を備えた“魚が見える水中歩道”のような夢のある構造物も、技術的には十分に建設可能だと考えている。今後、海上空港などの整備で橋梁とトンネルを比較し検討する視点が重要になる。沈埋トンネルが持つ特性を生かし、インフラ整備に貢献できる場面はさらに広がっていくはずだ」
--若手技術者へのメッセージを。
「DXの導入は重要だが、その前提としてこれまで用いてきた方法や工法の背景や歴史を理解することが不可欠である。背景を知らなければ技術の本質的な継承は難しい。努力して成果を出すことはもちろん大事だが、それだけでは足りない。『これをやってみたい』『これはどうだろうか』という自発的な提案力と挑戦する姿勢がなければ、大きな成果は得られない。技術者として、自ら考え、積極的に挑戦していく気概を持ってほしいと願っている」。
(しもいし・まこと)1980年九州大学工学部水工土木工学科卒、五洋建設入社。執行役員九州支店長、常務執行役員、専務執行役員などを歴任。沈埋トンネルの工事では、川崎航路沈埋トンネル工事(87年9月~90年12月)に携わり、その後、沈埋トンネルに関わる工法の開発に注力し、各地の沈埋トンネルに採用された新技術の指導を行ってきた。福岡県出身、68歳。