役割は肩書で決まるものではない。そう言い切るのは簡単だ。だが現実には、多くの人間が肩書に寄りかかる。自分の立ち位置を直視せず、「上だから語る」「下だから黙る」と思考を止めたその瞬間から、組織は静かに鈍り始める▼道を開く人間は、声の大きさで周囲を押し切らない。主張よりも助言を選ぶ。主張は自分を守るためにも使えるが、助言は相手の結果に関わる行為だからだ。一歩引いた立場でも、最後は自分が責任を引き受ける。その覚悟のない言葉は、保身に限りなく近い▼年齢や肩書は、本来、判断の精度を高めるための材料に過ぎない。だが現場では、それが言い訳や保身の盾に変わることがある。年を重ねただけでは、人は磨かれない。肩書にしがみつく限り、視野も狭くなる▼黒澤明が名監督と呼ばれた理由は明快だ。現場を力で支配せず、空気を読み、人を動かした。俳優やスタッフに道筋を示しながら、責任だけは決して手放さなかった。その緊張感が、作品と現場を支えていた▼役割は責任を受け止めた瞬間に初めて生まれる。肩書の陰に隠れず、責任を引き受けた者にしか、次の景色は見えない。







