2月26日に岩手県大船渡市で発生した大規模な山林火災は、3月9日の鎮圧までの11日間で約3370ヘクタールを焼き、226棟(非居住含む)の建物が灰じんに帰した。建物火災の詳細を調べるため、建築研究所(建研)と国土技術政策総合研究所(国総研)、東京科学大学の研究グループは衛星データを使った分析や現地調査を実施。火の粉が住宅以外の納屋や倉庫、家屋周囲の漁具や可燃性の物品などに燃え移り、延焼を広げる一因になった可能性があると推定した。
研究グループは3月22~24日に現地で実地調査を行った。あらかじめ報道資料と人工衛星のデータによる延焼状況の分析や、個別建物の損傷状況の判定を行った。
人工衛星を使った事前調査では赤外線センサー、可視光カメラ、合成開口レーダー(SAR)などで得た各種データにより、延焼方向の推定や建物被害の判別などを行った。延焼判定では、米航空宇宙局(NASA)の「Visible Infrared Imaging Radiometer Suite(VIIRS)衛星」と、欧州宇宙機構(ESA)の「Sentinel-2」を使用。いずれも複数の波長の電磁波を捉えるセンサーを持ち、高い解像度で熱源を探知できる。
衛星データの解析によると、山林火災は2月26日午後1時ごろ市中心部から約5キロ南東の赤崎町合足地区で発生し、急速に燃え広がった。乾燥した山林が激しく炎上し、飛び火して離れた山林に延焼したことで、結果的に極めて広い範囲に広がったことが分かった。
個別建物の被害状況は、衛星データの判別と現地調査を合わせ、焼損状況を算出。その結果、地域全体で7・5%の建物が被害を受けたと判定した。地区別では出火点東側の綾里小路地区で75%に達したほか、赤崎町外口地区で31・7%、綾里港地区で26・4%となった。山林との距離が近いほど建物が焼損する割合が高く、建物同士の類焼よりも、山林エリアから飛び火や放射熱による発火で建物単独の火災が多かったと分析した。
衛星データによる建物の個別判定では、内閣情報調査室が公表した情報収集衛星が撮影した可視光の画像と、民間企業が提供するSARデータを使用した。可視光の画像を目視で精査し、3043棟の構造物を▽被害なし▽被害あり▽判読不能▽火災以前に除却-の四つに分類。このうち186棟を「被害あり」とした。
その後の現地調査と照合した結果、正解率は98%で十分な精度を確認している。焼損状況の判別結果を地元自治体に提供し、被害の概要把握に活用された。
SARデータを使った判別では、小型SAR衛星の開発・運用やSARデータの販売とソリューションの提供を行うSynspective(東京都江東区、新井元行代表取締役兼最高経営責任者〈CEO〉)と、人工衛星や情報通信ネットワークなどの研究開発から設計、製造、販売、運用、管理、保守までを手掛けるQPS研究所の協力を得た。
情報収集衛星が撮影した推定日時付近の二つのデータを比較分析。レーダー波の反射強度画像を目視で比べ、地区ごとに被害状況を判定した。結果、VIIRS衛星やSentinel-2が赤外線観測で推定した延焼状況と整合する成果となった。
現地では建物ごとに詳細な延焼原因などを調べた。延焼状況を見ると家屋に付属した納屋や物置、倉庫など簡易な構造物の焼損が目立った。山林の飛び火がまず家屋周辺の構造物に燃え移り、そこから家屋に燃え広がったと考えられる。
海に近い山間地域のため、漁具や農作業具などの可燃物が家屋周囲に置かれていることも多く、山林の火炎が引火して燃え広がった可能性も指摘した。調査時に屋根などに残っていた痕跡から、濃い密度で火の粉が降り注いだと考えられ、周辺の構造物や可燃物を経由して、建築物の焼損につながったケースが多かったと推定した。
机上と現地での調査の結果、山林火災は初期の延焼が極めて速く、そこからさらに飛び火して広範囲の延焼につながったことが分かった。出火当日夕方には延焼速度が最速で1時間当たり960メートルに達したと見られる。激しい炎上により、山林から離れた家屋の周辺にある倉庫や漁具などに飛び火し、そこから家屋火災に至った可能性がある。
今回の調査を通じて衛星データを活用した被害状況の迅速な把握が可能になった。現地での被害状況の確認と照合しても比較的高い精度で被害を把握できており、現地調査が不可能な場合の有力な代替手段となり得る。研究グループは引き続き建物被害の詳細分析を進め、災害時の火災予防などにつなげていく考えだ。