2026新年号/インタビュー/日本建設業連合会・宮本洋一会長に聞く

2026年1月1日 特集 [2面]

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 ◇未来への成長軌道に乗る好機

 持続的な成長を実現するためには、適正な価格転嫁と処遇改善を着実に定着させることが急務だ。日本建設業連合会(日建連)の宮本洋一会長は「標準労務費や標準約款の定着を通じた適正な価格転嫁は、その前提条件」と話す。公共工事量の実質的な減少や深刻な人手不足が続く中、新長期ビジョンの下で国土を支える産業基盤を守り抜くには、予算の安定的な確保と制度改革を一体的に進める必要がある。業界全体で持続可能な産業構造へ転換できるかが、いま問われている。
 建設業界は、ここのところ業績が堅調に推移しているが、安心かというと決してそうではない。利益率がようやく改善傾向に入ったとはいえ、依然として他産業に及ばない水準にある。長年低迷してきた産業構造を踏まえれば前進だが、一般的な産業並みに達するには、サプライチェーン(供給網)全体で適正な価格転嫁を実現することが不可欠となる。

 □対価が正しく行き渡る仕組み□

 元請から協力会社、さらには技能労働者まで対価が正しく行き渡る仕組みを整えなければ、魅力的な職業として若者が建設業を選ばなくなる。国土を守り、生活基盤を築く建設業が立ち行かなくなる事態こそ、避けなければならない。
 標準労務費や民間建設工事標準請負契約約款の整備はサプライチェーンの基盤だ。中央建設業審議会(中建審)が標準労務費の基本的な考え方を文書にまとめ勧告したことは、これまで曖昧にされてきた技能者賃金の「標準」を明文化した意義として大きい。標準労務費や民間標準契約約款の改定は大幅な前進であり、今後の建設業とそのサプライチェーンの根幹を成す取り組みだ。若者が安心して働ける産業へ変革していくためにも、業界全体で新たなルールを定着させることが欠かせない。

 □計画的投資は本予算で確保を□

 一方、公共工事の実質的な発注量は厳しい状況が続く。補正予算で前年以上の上積みはあったものの、デフレーターをかければ実際の工事量は減少している。地方は仕事量の落ち込みが著しく、守り手である地域建設会社は苦境に立たされている。次は2026年度本予算での確保が焦点となるが、南海トラフ地震や首都直下地震など大規模災害への備えを急ぐ必要があり、そのための計画的な投資は本予算でなければ確保しにくい。第1次国土強靱化実施中期計画に見合う予算確保が欠かせない。
 政府は大規模な自然災害から人命や財産、経済社会システムを守る「令和の国土強靱化」を掲げるが、補正予算の規模は十分ではないと感じている。実施中期計画は5年で20兆円強の枠組みだ。われわれが要望していた25兆円に届いておらず、今までの延長では、日本の国土が守れなくなる恐れがあることを理解してほしい。さらに建設投資は過去の長期的な推移の中で、実質的に目減りしてきている。不足分は本予算で確保すべきであり、実施中期計画の初年度から計画規模に見合う水準を実現する必要があると考える。

 □処遇改善進め魅力ある産業に□

 人手不足への対応はさらに深刻だ。生産性向上のため、AIやロボットの活用、提出書類の削減、遠隔臨場の導入拡大など効率化の取り組みは進む。けれども省力化だけでは補いきれず、労働環境の改善が不可欠となる。建設業は若者から敬遠されつつある職種の一つで、休暇制度の充実や処遇の改善、退職金の適切な支給による老後の安心といった基本的な条件を整えなければ担い手確保は難しい。土曜閉所が進まない背景には、技能労働者の賃金体系の問題がある。標準労務費の普及などで人材不足の課題を解決しなくてはならない。
 外国人材も現場で欠かせない存在になっている。建設業で働く外国人の割合が2割を超える現場もあり、適正な処遇を確保する制度づくりが急務だ。費用負担の少ない労働力として捉える考え方はもはや通用しない。日本人と同等以上の待遇を前提とした受け入れ環境が必要になっている。
 25年12月に改正建設業法等が全面施行され、標準労務費の適正な反映や契約関係の透明化が進みつつある。民間工事でも標準約款の活用を求める動きが広がりを見せている。こうした変化が業界全体の処遇改善につながれば、若者にとって魅力ある産業となり得る。
 
 □サプライチェーン全体で公正な関係築く□

 日建連は新4K(給与・休暇・希望・かっこいい)の実現に向け、25年7月に策定した新長期ビジョンの下で持続可能な建設産業への転換を目指している。若い人にはこれから夢と希望を持って入ってきてもらいたい。これからは契約、雇用、支払い、働き方の全てを見直し、サプライチェーン全体で公正な関係を築くことが求められている。変革の真っただ中にあるこの時期を、建設業が未来への成長軌道に乗る好機と捉え、より良い産業像を描いていけることを期待している。

 □長期ビジョン、受発注者双方に意識改革と行動変容促す□

 日建連が2050年を見据えて策定した「建設業の長期ビジョン2.0」では、生産性向上や担い手確保を進め、新4Kの実現を目指している。特に、契約の在り方については、建設業関係者やサプライチェーン全体で「ウィンウィンの関係を構築」に重点を置いた。従来の請け負け的な慣習を変える重要なテーマであり、価格転嫁への理解や発注者との関係改善も不可欠である。元請と下請の双方が納得できる関係を築くことが、今後の業界の重要課題になる。
 資材価格の高騰や人手不足が続く中、適正な価格転嫁が進まず、中小・協力会社の経営に深刻な影響が広がりつつある現状を踏まえ、産業全体の持続可能性を確保するためには「共利」の実現が必要となる。
 建設工事の請負契約では依然として発注者と受注者の対等性が担保されているとは言い難い。日建連が提示したデータでは、資材・労務費上昇分に関する契約変更協議が行われたのは全体の49%にとどまり、さらに協議が行われても全ての要求が認められたのは21%に過ぎない。価格転嫁の遅れは技能労働者の賃金改善にも影響し、担い手確保の阻害要因となっている。
 国・自治体など公共発注者に対し、標準請負契約約款の徹底運用や入札契約制度の柔軟な見直しを求める。働き方改革や価格転嫁、生産性向上の実現には、公共発注者が民間工事の模範となる必要があると指摘する。
 長期ビジョンは、建設産業の未来に向けた成長と変革の方向性を示す。長年の慣習とも言える片務性を払拭し、発注者・受注者双方に意識改革と行動変容を促す方策を掲げており、今後の建設産業の進むべき道を照らす共通の道しるべとして、多くの関係者の取り組みを後押しすることが期待される。日建連は契約リテラシーの向上や法令の適正履行宣言、協力会社への支援などに関わる取り組みを通じ、建設業全体の意識と構造の改革につなげていく考えだ。