回転窓/記者の呼吸

2026年1月20日 論説・コラム [1面]

文字サイズ

 言語化は記者にとって呼吸に等しい。事実を吸い込み、問いを混ぜ、文章として吐き出す。この工程を省いた記事は、整っていても生きていない。必要な能力は語彙(ごい)力でもSNS耐性でもない。疑問を感じて踏みとどまり、考え切る胆力だ▼現場を見渡すと、記者の本質がぼやけて見える場面も増えた気がする。取材メモを手際よく並べ、AIで文章を整え、「それなり」の原稿を短時間で仕上げるのが今風かもしれない。速く、整ってはいる。だが、行間に立ち止まる場所がない▼違和感を嗅ぎ取る鼻を、知らず知らずのうちに自分で鈍らせてはいないか。仕事に対する姿勢は、要領の良さではなく粘りに出る。AIは迷わない。だから便利で、だから危うい。迷い、立ち止まり、問い直すのは人間の仕事だ▼「書くとは血を流すことだ」(ヘミングウェイ)。血を流さずに書ける時代になったが、安易な選択をした瞬間、記者は文章生成オペレーターに近づいてしまう▼肩書は会社がくれるが、記者であるかどうかは自分で守るものだ。楽な道はいくつもある。だが、考え切ることを手放した時、文章は人間を離れる。