鹿島の社長を務め、1月23日に74歳で死去した天野裕正氏のお別れの会が23日、東京都江東区のホテルイースト21東京で開かれた=写真。建設業界などの関係者らが参列し、祭壇に献花して故人との別れを惜しんだ。
天野氏は神奈川県出身。1977年に早稲田大学大学院修士課程を修了し、鹿島に入社した。横浜支店に長く籍を置き、2003年建築部長、07年支店次長を務めた。09年執行役員建築管理本部副本部長、12年中部支店長、13年常務執行役員、14年専務執行役員東京建築支店長、17年副社長執行役員を歴任。21年6月から社長に就いた。団体活動では13年5月~14年3月に日本建設業連合会(日建連)中部支部長を務めた。
会場には、天野氏の生前の写真が展示され、幼少期から学生時代、鹿島入社後の写真が年代順に並べられた。強い統率力と経営手腕を発揮した仕事中の様子とともに、笑顔で社員とリラックスする姿や家族との思い出を収めたプライベートの写真も飾られた。参列者は「人」の価値を最も重視する経営方針を掲げてきた天野氏との思い出を振り返っていた。
鹿島の押味至一代表取締役会長兼社長と、天野氏の妻で喪主を務めた芳子さんは、参列者に寄せた連名のあいさつで、「皆さまより示された深い哀悼の意に感謝申し上げますとともに今後も変わらぬご指導ご厚誼(こうぎ)を賜りますようお願い申し上げます」とつづった。






