◇デジタル時代に問う手仕事の価値
デジタル技術が急速に進化する現代。鳥瞰(ちょうかん)図絵師の青山大介氏は「人の目を通して表現したものに価値は宿る」と信じ、鳥の目で見たまちの姿を描いている。代表作の一つ「或る日の神戸三宮」は、神戸市の中心部・三宮を同じ角度から描き続けているシリーズで、2026年版が6作目となる。青山氏に創作活動への思いなどを聞いた。(編集部・北澤涼太郎)
生まれ育った神戸市を舞台に制作を続け、12月で20年を迎える。学生時代は市内の工業高校で、家具の製図などインテリア設計を学んだ。「当時はCADの実習も少なく、ほとんど手書きだった」という。
「建物など、都市を構成するものが好き」で、卒業後は一般企業に勤めながら趣味で絵を描いていた。建物や道路を手書きの「製図感覚」で表現する手法は、当時から変わらない。
制作が本格化したのは06年。鳥瞰図の第一人者、石原正氏(1937~05年)の死去を知ったことがきっかけだった。高校時代に石原氏の作品に出会い、感銘を受けた。実際の地形図を基にした正確な縮尺に加え、建物の高さや街路樹の位置、本数まで描き込まれていた。
「このスタイルの鳥瞰図を描く人は唯一無二だった。あまりにも忍びない」と胸を痛め、「自分でやるしかない」と決意。会社勤めを続けながら、本格的に制作活動を始めた。
鳥瞰図は、文字通り「鳥の目線」で描く。空を画面に入れず、斜め上から見下ろす視点でまちを表現する。制作に当たってはヘリコプターをチャーターし、空から撮影した写真を基に構図を固める。描く範囲が決まると、地上での取材にも力を入れる。「描く範囲の路地は徹底的に歩き回って撮影」し、空からは見えない情報を補う。細部までこだわり抜く丁寧な作業が、作品の美しさを支えている。建物が集まり、まちが形づくられていく様子は、現実さながらだ。
まちを見つめ、現地を歩く中で、「自分が描いた現在が、このまちのピークの姿かもしれない」と思うこともあるという。人口減少や消費行動の変化を背景に、市街地の中心部でも空き地が目立つ都市は少なくない。「まちの様子を細かく正確に描くことには、歴史資料としての価値がきっとある」と使命感をにじませる。
生まれ育ったまちへの愛着と、建物の細部まで描き込む情熱を糧に制作を続けてきた青山氏。14年には「みなと神戸バーズアイマップ」が、神戸市中央区の津波避難情報板7カ所に採用された。「日本で鳥瞰図が行政のハザード情報板に使われるのは初めて」という。
市危機管理局防災企画課も「神戸の街の形状や高層構造物の分布などが一目で分かり、見た人の目を引く」と評価する。設置から10年以上がたち、現在は最新版の鳥瞰図に更新され、まちの景色に溶け込むインフラとなっている。
青山氏の作品を見れば見るほど、まちの景色や人々の営みは「高度な予測と推論」だけでは表現できないことが伝わってくる。「地道な手作業と生身の人間の情熱を注いだものにこそ、次世代の心に響く力が宿る」。そう信じ、空から見たまちを描き続ける。
(あおやま・だいすけ)1976年神戸市長田区生まれ。94年神戸市立神戸工業高校(現市立科学技術高校)卒。一般企業での勤務と二足のわらじで2006年に制作活動を始め、22年から専業の鳥瞰図絵師に。講演活動やまちあるきイベントの講師を務めるなど活動の幅を広げ、23年に神戸市文化奨励賞を受賞した。
デジタル技術の発展により、文章や動画はもちろん、日常の悩みへの答えまでも即座に生成できる時代。ただ、情報の氾濫や日々の雑事に気を取られ、自分のしたいことを見失いかけてはいないだろうか。
「人の目を通じた都市の解釈」シリーズでは、自らの考えや疑問を探求し、「まち」に関わっている人に光を当て、それぞれの視点でこれからの都市像をひもとく(掲載は不定期)。








