モチベーション引き出す/人事・教育制度

2023年1月1日 特集 [6面]

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 ◇人材力高めて収益拡大を後押し
 働き手を確保し、各自のモチベーションを高めて仕事に従事できる環境を創出することは、建設業を含めて企業の持続的成長に不可欠だ。企業も就業環境や教育制度を適宜見直しながら、人材力を高める取り組みに一段と力を注ぐ。識者の見解や多方面の企業が実践する事例から、建設産業など企業の人材確保・育成の在り方について、今後の方向性を探った。
 □人事制度/業績貢献を実感できる評価へ□
 人材の確保・育成が待ったなしの建設業界では、入職者の増加と合わせて、個々人の能力向上に向けた取り組みが活発化している。現場で実際に使う設備などを取り入れた研修施設を整備し、より実践的な研修を行いながら、業務に必要な知識やスキル習得までの期間短縮を図ろうとする企業が目立つ。労働人口の減少傾向が続く中で、採用した若手をいかに早く戦力にするかが企業の業績を大きく左右することになる。
 野村証券エクイティ・リサーチ部インダストリアルズ・チームの濱川友吾氏(アナリスト)は「株式市場では2024年4月から建設業に適用される時間外労働の罰則付き上限規制により、労働需給の逼迫(ひっぱく)を懸念する声も出始めている」と業界の状況を話す。働き方改革の一つである残業時間の削減について、濱川氏は「営業や設計などゼネコンの本社部門は抑制できている一方、現場の長時間労働は抑えられていない」と分析する。
 建設業では現場で働く技術者や技能者らの育成が収益の増加、生産性の向上につながるため、企業の業績に貢献する人材力の底上げが急がれる。働き方改革と生産性向上の取り組みは相性が良いことから、濱川氏は「施工管理におけるICTの活用や、ロボットによる自動化施工、プレキャスト(PCa)部材などを用いたオフサイト工法の導入にも注目している」と話す。
 人材確保と仕事へのモチベーションアップには「長時間労働の解消など働き手の環境改善に加え、処遇面での満足度を高めることも必須だ」(濱川氏)。そのためには適正価格、適正工期での受注が欠かせない。民間事業者など発注者側の適正価格・工期への理解が重要なのはもちろん、請負業では一般的に受注者側の発言力が弱いため、これまでの受発注者の関係にとらわれない新たな関係性の構築も必要とみる。
 厳しい価格競争の中、ゼネコン各社が協力業者との契約単価を引き上げることは外注費の上昇につながるため、濱川氏は「技能労働者の処遇改善へのハードルは高く、政府のサポートが必要になる」との見方も示す。総合評価方式を採用する公共事業で導入されている「賃上げを実施する企業への加点措置」については、業界全体への広がりは限定的であるとし、協力会社を含めた処遇改善の好循環に向けた新たな施策の必要性を訴える。
 経営指標で受注高に重きを置く傾向が見られる建設業界の実情を踏まえ、濱川氏は「営業部門では年間の受注額の多寡を人事評価で重要視する建設会社が多い一方、大型案件での採算悪化によって業績が大きく落ち込む会社も見られる」と指摘。利益確保への貢献度など、より多様な観点から人事評価を再考しつつ、従業員が会社の業績に貢献していることを実感できる仕組みづくりが重要としている。

 □教育制度/人的投資で国際競争力向上を□
 業績拡大を目指し国内だけでなく、世界に市場を求める企業は少なくない。OJT(職場内訓練)や役職に応じた階層別研修だけでなく、グローバルに活躍できる人材を育成するには、語学力とコミュニケーション力も必要だ。国際競争力を一層高めるため、幅広い年齢層に多様な研修機会を提供することが求められる。
 スキル習得の機会を提供する頻度が最も低いのは日本--。組織開発で人材・リーダーシップ、コーチングの支援を手掛けるEFコーポレートエデュケーション(HultEF、東京都渋谷区、原田伸子代表取締役)がまとめたリポートでは、「多様な研修機会を提供している」と回答した日本人は「3割以下」と伝えている。
 同社で営業ディレクター兼DEIBアンバサダーを務めるアイラ・マリー・アモヨ・レイエス氏は「(役職を問わず)海外企業は社員研修の機会を多く設けている」と話す。一方、海外進出する日本企業については、「DXやファイナンスに関心が高い半面、異文化への理解を深める力を養成する研修が少ない」とみる。
 海外で事業を展開する建設会社にとってもプロジェクトを円滑に実施する上で、異文化間のコミュニケーション力は身に付けるべきスキルと言える。レイエス氏は、限られた経営リソースを上手に分配し「語学やコミュニケーション教育に重点投資すべきだ」と主張する。
 優秀な人材の離職も経営層にとっては悩みの種。同社が「5~10年先に魅力を感じる企業像」と題し、世界各国の企業(役員クラス)に実態調査を実施したところ、トップは「自分のスキルアップを促す会社」。次点が「海外展開の有無」だった。
 調査を踏まえ、レイエス氏は「成長できる環境が人財のモチベーションアップにつながる」と予想。多様な働き方を実践して「社員一人一人のキャリア自律を促すことが社員の定着には必要」と結論付けている。
 グローバル化を意識した経営にかじを切る日本企業に対して、「海外の優秀な人財を受け入れる体制がまだ不十分」と語るレイエス氏。日本語を前提にした社員研修は海外人材にとってはハードルが高く、グローバルな競争の観点からマイナスになっている。外国人スタッフに「日本人らしい振る舞いを求めがちな点」も課題と言い、「個性を生かせる環境整備」(レイエス氏)が急務だ。
 日本の採用制度にも改善すべき点はあるという。レイエス氏は「海外の場合は個人に業務が偏らないように人財を余分に採用している」といった事例を挙げ、海外の取り組みにも目を向けるよう注文を付ける。
 社員のスキルアップは企業を成長させるための原動力となる。日本企業は将来に備え、グローバル化を見据えて人的投資を一層強化する姿勢が求められる。