日本経済と労働環境/リンクアンドモチベーション・坂下英樹氏に聞く

2023年1月1日 特集 [3面]

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 ◇人材への投資焦点にビジョン練り直しを/働きがい生み出し、真の生産性向上実現へ
 企業の経営戦略として、人材への投資を重視する潮流が生まれつつある。建設業界でも人材への育成や投資に目を向け、企業や組織のビジョンや戦略を練り直す局面を迎えている。「モチベーション」に焦点を当てた経営コンサルティング会社、リンクアンドモチベーションの坂下英樹社長は、旧態依然の業界の価値観を変え、従業員が「働きがい」を感じる環境づくりに注力する必要性を説く。
 □多様性受け入れマネジメント□ 
 労働環境を巡る状況は非常に厳しい。労働人口の減少をどう補っていくかが重要な課題となる中、人材の量的な確保と生産性向上がテーマとなる。
 父親が建設会社を経営していたため、建設業界はなじみ深い業界だ。幼少期に抱いた業界のイメージとしては、平均年齢が高く男性が多かった印象。低賃金や長時間労働で休みが取りにくいといった問題もあったが、昨今、賃金水準の改善が進んだと感じている。休日出勤をしながら、決まった工期に間に合わせていた印象が非常に強かった。休日の確保にはまだ課題があるのではないか。
 人材の量的な確保という意味でも、生産性向上や新しい気付きを取り入れるという面でも、いかに多様性を受け入れマネジメントしていくかが課題になる。例えば「建設業は男性中心の仕事」と限定的に考えるのではなく、女性の活躍を促すため女性の働きやすい環境整備に投資していく必要がある。
 コロナ禍のパチンコ業界は「新型コロナウイルスをまん延させる元凶」のようにマスコミから扱われていたが、実証実験をしながら空調設備を整え、安全性を証明し、悪いイメージの払拭に成功した。建設業界には長年3K(きつい、汚い、危険)という負のイメージがつきまとってきたが、どのような作業、要素が危険なのか、きついのか明示し、解決策を提示することでイメージを変えられるのではないか。

 □心理的な側面を重視しサポート□
 「働きやすさ」は労働環境によるところが大きいが、「働きがい」の創出は心理的な側面が大きい。当社では働きがいへのアプローチとして、従業員の相互理解など「エンゲージメント」を重視している。社会心理学をベースに企業内のストレス要因を明確にしながら、改善をサポートしている。エンゲージメントの考え方を導入し、ストレス要因を除去していくということは重要なテーマだろう。
 従業員のモチベーションを上げる上で大切なのは金銭報酬(経済的報酬)と感情報酬だ。心理的な感情報酬をいかに満たしていくかがポイントとなる。
 感情報酬には四つの欲求がある。一つ目は褒められたり成果を認められたりといった「承認欲求」だ。二つ目は「成長欲求」。取り組んでいる仕事を通してどのような成長を実現できるか、相手にコミュニケーションで伝え、理解してもらう。三つ目が「貢献欲求」で、相手が行ったことに対して感謝の念を伝える。最後の「親和欲求」は仲間意識だ。金銭報酬だけでマネジメントしてしまうと、心理的なやりがいが得られない。感情欲求を満たすことで、まず人材の定着を促し、仕事のやりがいを向上させることができる。
 建設業界には幅広い職種があるが、例えば歴史に残るような大きな橋梁を整備した方々は、自分の仕事に意義や自負を持ちながら取り組んでいると思う。こうした要素に加え、これからは従業員にどのように感情報酬を提供していくかを考えて、マネジメントに取り組むといいだろう。

 □スキルアップとエンゲージメント両輪で□
 企業や組織で人材育成力を高めていくためには、個人としても組織としてもDXや技術革新を含めたスキルアップが必要だ。仕事をいかに効率的に進められるか、技術力を上げていけるか、リスキリング(学び直し)を含めスキルの向上が求められている。もう一つ、エンゲージメントに着目するのも大切だ。
 退職と転職の理由は似て非なるところがある。退職の場合、ほとんどが人間関係を理由に辞めていく一方、転職はやりがいを感じられず、違う仕事を求めるケースが多い。人材の定着には退職と転職の両面に対応することが必要だ。転職への対応はスキルアップを通じて成長欲求などを満たしてあげることが大事で、退職を防ぐという面ではエンゲージメントが効果を発揮する。

 □既成の業界像やパラダイム変える□
 政府が「人への投資」を重要政策に位置付け、対応を強化している。個人的な見解になるが、労働環境を整えるという「働きやすさ」の面では新型コロナの影響で働き方が大きく変わった。休日確保の問題、特に長時間労働の問題は、労働基準法の改正など法的な管理が強まり、だいぶ改善が進んだと見ている。
 一方で、「働きがい」に関してはまだ手を打てていないというのが実情だろう。働きがいがどのような構造、仕組みから成り立っているのかという解釈がまだばらついている。働きがいを生み出せなければ、本当の意味での生産性向上を実現できない。
 人への投資をコストではなく「資本」と捉え、人的資本に関する取り組み状況の開示を企業に求める流れができつつある。これまで日本では人材の戦略と、組織戦略や事業戦略を別物として管理してきた面がある。企業側も休日の確保や長時間労働の是正など個別課題に対応しているが、それが自社の業績や生産性の向上、事業の成長にどのようにつながるか実証できている企業は少ない。
 政府が重視する「人的資本経営」は、人をど真ん中に置いた経営のことだ。技術力や財務状況が企業の勝敗、優位性の鍵を握っていたが、そこに「人」が重要な要素として加わることになる。
 今後は機能的に人を扱っていた時代から、人を資本として扱う時代に変わっていく。そうした中、機能的な業務はロボット化やDXで代替し、人や組織でしか担えない知的生産性の高い業務のレベルをより引き上げていく必要がある。
 こうした変化に対応していくためには、既成の業界像や価値観、パラダイムを変えていくことが最も大切だ。氷のように固まってしまった考えを「アンフリーズ(Unfreeze、解凍)」することが求められる。人材への投資に関する小さな挑戦を実行し成功事例を積み重ね、業界内で共有し水平展開することも必要になる。業界内で労働市場に関する優れたマネジメントを競い合うような関係ができると、変革がスピードアップするだろう。

 《リンクアンドモチベーション》
 企業を支援する切り口として、戦略や資金ではなく「モチベーション」にスポットを当てたコンサルティング業務を展開。社員のモチベーションを成長エンジンとする「モチベーションカンパニー」を目指し、顧客企業の変革を後押ししている。2022年3月には、国際標準化機構(ISO)の人的資本に関する情報開示のガイドライン「ISO30414」の認証を日本、そしてアジア地域の企業として初めて取得した。
 (さかした・ひでき)1991年リクルート入社、2000年にリンクアンドモチベーションを設立し取締役に就任。13年から現職。