覇権主義は、蜜を吸い尽くすまで花に群がるハチに似ている。最初はとろけるほど甘く、非常に効率的で、勝者の論理としてまぶしく輝く。だが、蜜が尽きれば花は枯れ始め、ハチもいずれは行き場を失う。力で頂点に立ち続けようとする構造は、周囲を疲弊させ、やがて自分自身の足場を崩す▼歴史を振り返れば、永遠に覇権を保った存在はない。絶頂期の成功が慢心を生み、内部からもろくなった。いまも世界のどこかで、「秩序」や「責任」という言葉の下、同じ構図が静かに繰り返されている▼企業も同じであろう。市場を制した企業ほど、会議で「挑戦」という言葉が使われなくなる。巨大化した組織では、失敗が学びではなく、不祥事として処理されがちだ▼覇権主義の怖さは、勝利が理性をまひさせる点にある。だからこそ自戒がどうしても必要になる。力は支配するためではなく、循環させるために使われるべきだ▼覇を競う時代を越え、競争の席を残せるかどうかが、未来へ進めるかを決める分かれ道になる。勝っていると感じた瞬間に、何をどのように手放せるか。過去から学んだ戒めが、いまも問われている。









