回転窓/思い入れと思い込みの境界線

2026年5月19日 論説・コラム [1面]

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 思い入れと思い込みの差は、しばしば紙一重の顔をして現れる。改革に情熱を注ぐ者が、周囲の声に耳を傾けて軌道修正を重ねるなら、それは思い入れだ。けれども、同じ情熱が「必ず成功するはず」という慢心に変わり、不都合な事実を退け始めた瞬間、思い込みに姿を変える▼哲学者ニーチェは「事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである」と説いた。この言葉には洞察と危うさが同居する。物語に酔い始めたとき、暴走が始まる▼アクセルは常に魅力的だ。前へ進む爽快さは、判断の粗さや小さな違和感を巧妙に覆い隠す。しかも速度は、誤りよりも厄介である。ほんの小さな狂いでも、取り返しのつかない地点まで肥大化する。成功体験を重ねた者ほど、自らの熱量を検証する視点を失いやすい▼その帰結を引き受ける覚悟がなければ、加速は単なる無責任になる。必要なのは、反証を探し、自らの前提を疑う勇気。冷静な往復運動が、思い入れを成熟へ導き、思い込みを食い止める▼他者の視線を借りることで、人は自分の狂いに気付く。だが多くの場合、人はブレーキが必要だったと、速度を出した後に思い出す。

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