◇リスクの中で前に進む、未知への挑戦は続く
苦しい時こそ人に優しくできるのが本当の強さだ--。洞窟探検家の吉田勝次氏はこの思いで、幾多の苦境を乗り越えてきた。厳しい自然と対峙(たいじ)した時、「人を許せる心、思いやりの連鎖が必要」と説く。洞窟探検で国内外を飛び回る吉田氏のもう一つの顔が、建設会社の経営者だ。自ら建設現場に立って体を動かし、初めての仕事にも進んで取り組む。建設業と洞窟探検を両輪に挑戦を続ける中で得た確信や理念、人生観などについて語ってもらった。
□建設業で培った力□
初めて建設業に携わったのは、高校を半年で中退し、家庭の事情もあって一人で生きることになった15歳の時だった。鉄筋工として働く友人がいたため、親方に「自分も働かせてほしい」と頼んだ。その後、建設業を離れてさまざまな仕事を経験し、20歳の時には150席ほどのレストランバーの運営を任された。ここで経営の視点を学び、自分の店を持ちたいと思うようになった。
開業資金を集めるため、21歳で再び建設現場で働き始めたが、やればやるほど評価される建設業の魅力にのめり込んでいった。初めて請け負った仕事は堤防の草刈りだった。アルバイトも雇い、必死に目の前の草を刈った。次の仕事は、田んぼに800メートルの用水路を造る工事。まったく経験のない仕事だったが、「なんでもやります」という姿勢で挑んだ。
通りすがりの型枠大工と油圧ショベルのオペレーターに声を掛け、未経験者3人で着工した。用水路整備の経験者に教えてもらいながら作業を進めた。1枚53キロのコンクリート板を何枚も担いで運ぶ。根性で経験不足を補った。期日を守るため、あらゆる人脈を駆使した。無事に工期内で工事を終えた実績が信頼につながり、仕事が舞い込むようになった。
地元では「吉田は丁寧でどんな工事も工期内に終える」「吉田ならなんとかしてくれる」と評判になった。従業員が20人になり、1993年に有限会社の勝建(しょうけん、愛知県一宮市)を立ち上げた。家屋の解体などマンパワーが必要な工事では、いかに効率よく進めるか思考を巡らせた。工事で使う道具への資金投入は惜しまず、時には自ら改良したり、作ったりもした。同時並行で多くの仕事をこなす実行力は今も変わらず、それが顧客満足につながっている。
建設業は体一つで何でもできる面白い仕事だ。「やったことがないから挑戦したい」を信念に仕事をしていたら、多能工になっていった。ガス工事を除きすべての工事を経験した。たたき上げで数々の工事をやり遂げたことが、自信と強さになった。コミュニケーション能力と、リスクを恐れない行動力は建設業で培った。
□洞窟との出会い□
会社を大きくしたい、どこまで大きくできるかという思いで仕事に明け暮れていた。そんな時、ふと立ち止まると、急に山に登りたくなった。近所の登山用品店で「雪山に登りたい。何をそろえればいいか」と尋ねると、「初心者にいきなり雪山用の道具は売れない」と店主に断られた。代わりに山岳会への入会や講習会への参加を勧められた。
早速、山岳雑誌に掲載されていた「冬山雪上訓練」に申し込んだ。数日後、再び店を訪れて訓練に参加することを伝えると、今度は好きな色を聞かれた。「青」と答えると、店主は青色の登山用品を一式そろえてくれた。
雪山での訓練は過酷だった。初めての登山がアイスクライミングだった。建設の仕事は初めての連続だったため、初めてのことに恐怖はなかった。振り返ると、この時の経験が今の基礎になっている。厳しい環境下で、仲間の支えや優しさにも触れた。登山への熱が落ち着き始めた頃、洞窟探検と出会う。雑誌で洞窟探検サークルの記事を見つけすぐに電話をかけた。
洞窟探検には、未知の空間へ踏み込む面白さがあった。これまで感じたことのない不思議な感覚に魅了され、いつしか仕事以上に打ち込むようになった。「自分で見つけた洞窟はもっと感動するよ」という先輩の言葉に心を動かされ、まだ誰も見つけていない洞窟を探す日々が始まった。
□人に信頼され人を信頼できる人に□
59歳の今も未踏洞窟への挑戦を続けている。一緒に目標へ向かう仲間の存在は大きい。狭い空間で活動する洞窟探検では、仲間との関係構築が重要になる。価値観の衝突があっても、一緒に生活をする。良好な関係が大切であり、見返りがなくても親切を続ける。自分の感情をコントロールし、人に思いやりを持って接する。探検のスキル以上に、コミュニケーション能力が身に付いたと思う。
建設業でもコミュニケーション能力が生きている。見積もりが高くても選ばれる会社にしたい。従業員を幸せにするため、高い単価で仕事を取り、顧客には品質と迅速な対応で還元する。仕事の過程はすべて顧客に報告し、失敗も包み隠さず伝え、対応を相談する。顧客からの信頼を得ることが、次の仕事につながる。
人に仕事を任せてもらえることは重要な能力の一つだ。一方で、経営者には人に任せる能力も求められる。任せるのは勇気が要る。正直、自分でやった方が安心できる。でも、任された人は失敗から学び、成長する。失敗しても責めない。人を許せる心を持ち、思い切って人に任せ、応援する。経営者はお金を手に入れるのではなく、人を手に入れるべきだ。
洞窟の脱出ゲームを作り、年に数回イベントを開いている。この経験を生かし、地震を想定した防災訓練事業も計画している。訓練用の「建物のがれき」を制作中だ。建物の倒壊でがれきに体が挟まれた状態を想定し、自力で脱出する方法などを実践で学ぶことができる。一人でも多くの命を救うことに役立てていきたい。
「生きる」「面白い」「愛がある」を、すべての判断基準にしている。今後の目標は死なないこと。生きていれば何でもいい。生きていることだけでうれしいと思える。








