多くの緑地を確保する森ビルの市街地再開発事業が、生物多様性の維持・向上に貢献している。チョウなど約180種類の昆虫が、六本木ヒルズや麻布台ヒルズといった施設をまたいで行き来し、巨大な生息圏を形成していることが判明。緑地では豊富な微生物を含んだ土壌が炭素蓄積機能を持ち、都市の脱炭素化にも寄与している。同社は今後も調査・分析を続け、今後の都市開発に生かしていく考えだ。
6月30日、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の提言に基づいて実施した調査の結果を公表した。
同社は東京都港区を重点エリアに1980年代以降、市街地再開発事業を推進している。86年にアークヒルズ、2003年には六本木ヒルズ、23年には麻布台ヒルズが竣工。六本木エリアから虎ノ門エリアまでを貫く、ヒルズの帯が出来上がりつつある。
各開発で実現を試みたのが、再開発で巨大な緑地を生み出す「ヴァーティカル・ガーデンシティ(立体緑園都市)」構想だ。再開発で細分化した土地をまとめて大きな敷地を生み出し、機能を高層ビルに集約する。余った土地は緑地に充て、都市の環境向上や脱炭素化に寄与する。
同構想の下、各ヒルズで生み出してきた緑地が、生物の巨大生息圏として機能している。同社は各緑地で鳥類や昆虫類のモニタリング調査を実施し、生息や飛来の状況を確認している。この確認結果に植生データなども加えて分析したところ、ヒルズをまたいだ昆虫約180種の生息圏が浮かび上がってきた。東京都が絶滅危惧種に指定するアカシジミ、ウラナミアカシジミ、ヒカゲチョウ(3種ともチョウの一種)、オオミズアオ(ガの一種)も含まれている。
チョウ類が緑地間を移動できる距離は、一般的に約400メートルとされる。各ヒルズの緑地が、芝公園や青山霊園、日比谷公園といった他の大規模緑地とも連携し、生物が行き来できるネットワークが出来上がったと見られる。
同社は緑地に生物が生息しやすくなるよう、積極的な環境づくりも進めてきた。六本木ヒルズの毛利庭園や、アークヒルズ仙石山森タワーの「コゲラの庭」には水辺空間を整備。緑と水辺が両方あれば、生息地としてのポテンシャルが一層高まる。同社は「今回の分析によって、効果が改めて確認された」と評価する。
緑地の土壌に含まれる微生物は、枯れ葉や昆虫の死骸を分解し、植物に新たな栄養を供給する。微生物の多様性も、その上に息づく植物や昆虫の生育環境を大きく左右すると言える。
同社は今回、ヒルズ内緑地の48地点で土壌を採取し、DNA分析を実施。結果、各ヒルズの緑地で豊かな微生物が検出された。特に86年の竣工後約40年がたつアークヒルズの緑地は、里山林の微生物環境に近くなっている。
緑地の土壌は優れた炭素蓄積機能を持つ。植物は大気中の二酸化炭素(CO2)を吸収。蓄えた炭素の約90%が地下の生態系に移るとされ、微生物の栄養源になる。同社は森林土壌のデータとヒルズ内緑地のデータを比較するなどして、ヒルズ内緑地の炭素蓄積量を推定。アークヒルズや麻布台ヒルズ、六本木ヒルズの一部土壌では、炭素蓄積量が非常に多い可能性があると結論付けた。
例えばアークヒルズに立つケヤキの周辺を基準にすると、推定炭素蓄積量は1ヘクタール当たり80トンに達する。他にもコナラやクヌギといった樹木の周辺は微生物の多様性に優れ、高い炭素蓄積効果を発揮することが分かった。
同社は引き続き必要な調査を実施し、緑地への保全策を講じる方針。TNFD提言に基づく開示は今回を第1弾に位置付けており、今後は内容を一層充実させるため検討を続ける。
TNFDは企業や金融機関が自然資本や生物多様性に関わるリスクと機会を適切に評価し、財務的な観点から情報開示する国際的な枠組み。19年の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で構想が発表され、21年に国際組織として発足した。
国土交通省はTNFDフォーラムに23年参画済み。国際動向を注視しており、国内政策への反映も視野に入れる。こうした流れを受けて民間企業の間でも、TNFDの提言に基づく情報開示の動きは今後一層広がりそうだ。