建築へ/まちづくりに書店が果たせる役割とは、福島県浪江町で開業した佐藤成美さん

2025年7月25日 論説・コラム [10面]

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 まちの書店が近年急速に減っている。2014年に約1.4万店だった総店舗数は、24年に約1万店へと減った。背景にはスマートフォンの普及などに伴い、人々が紙の本に触れる機会が減っている状況がある。こうした中、4月に福島第1原子力発電所事故の影響を受けて一度無人になった福島県浪江町で、新たに書店を開業した女性がいる。復興が進むまちで、積極的にまちづくりに関わるような新たな形の書店を目指し、模索を続けている。
 佐藤成美さんは福島県田村市の出身。幼い頃から本が好きで、「時間があれば図書館や書店に行くような子どもだった」という。高校卒業後は山梨県内の大学に進学。古書店の面白さにはまり、時間を見つけては電車で神保町(東京都千代田区)の古書店街に通う日々を送った。
 佐藤さんにとって書店は「目的がなくてもふらっと入れて、新しい世界に出会える大好きな場所」。関心に合う本に出会えた時のわくわくした気持ちや、読んで今まで知らなかった世界に入り込む感覚は何物にも代え難いという。
 大学では福島県という地元を、一度外から見る機会にも恵まれた。講義でエネルギー政策が扱われれば、必ず地元の話が出た。周りの人からは「震災の時、大丈夫だった?」とよく聞かれた。
 震災や原発事故は県内でも大きな問題だったが「外に出るまでは、触れられない話題のような気がして距離を置いてしまっていた」と振り返る。大学卒業後は古里が抱える課題に正面から向き合いたいと考え、浪江町が募集していた地域おこし協力隊に応募した。
 22年の着任後は、修学旅行や企業研修を案内する仕事に備え、まちの人に話を聞くなどして歴史を調べた。印象に残っているのはJR常磐線浪江駅の駅前にあった、商店街のエピソード。震災前には多くの人でにぎわったが、原発事故で無人になった。
 現在は駅前に交流施設や商業施設などを造る「浪江駅周辺整備事業」が進展。準備として商店街の建物はほとんどが取り壊され、往時の面影はしのべない。きれいな建物が立つ未来に期待も高まったが「私はまちに、本屋があってほしかった」と一抹のさびしさも覚えた。
 いつかはこのまちで本屋をやりたい--。思いをたびたび周囲に打ち明ける中で、「うちのスペースを使わないか」と声をかけてくれたのが建築設計事務所「Fimstudio」の渡部昌治さんだった。福島県本宮市で使われた応急仮設住宅を浪江町に移築し、セルフビルドで事務所へ改装したが、スペースに余裕があり活用法を探していた。
 佐藤さんは一念発起し、町に企画書を提出。協力隊活動の一環として事務所の一画を借り、書店を開くことを認めてもらった。協力隊の任期が満了した今年4月、正式に書店「コウド舎」として開業した。
 店内の書架には地域にまつわる本や歴史の本、小説などさまざまな本が所狭しと並ぶ。テーブルと椅子もあり、営業時間中はコーヒーなどの飲み物を提供。人々が気軽に立ち寄れる憩いの場になっている。大きなキッチンやDJ機材、3Dプリンターなど、普通の書店では見られない物もある。どんな趣味趣向を持つ人が訪れても、何かしら琴線に触れる物に出会える。
 佐藤さんによると「まちの人たちがシェアキッチンや演奏会、サークル活動といった『やりたいこと』を次々に持ち込んできた結果、いろいろな物が集まってきた」という。多様な要素が自然と混ざり合い、多くの人にとって居心地のいい空間になった店内。佐藤さんは「まちというのは、こうやって出来上がっていくのかもしれない」と感じている。
 浪江駅の駅前広場には地元の人たちが定期的に集まり、コンサートを開催している。更地になったまちにも、人々の活動が息づいている。今後は店で来客を迎えるだけでなく「コンサートなどイベント会場の一画にブースを出して、まちの人が紙の本に触れるきっかけを積極的に作っていきたい」という佐藤さん。多くの課題を抱える地域で、書店が果たせる役割とは--。模索は続く。

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