回転窓/言葉の重みを胸に

2025年9月24日 論説・コラム [1面]

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 記者の仕事は、時に一本の細い道を歩くようだ。右にも左にも落とし穴があり、踏み外せばたちまち信頼を失う。だからこそ矜持(きょうじ)、すなわち誇りが問われる。「真実を伝える者は、火の中を歩む覚悟を持て」との古い言葉があるが、まさにその通りだ▼ある大企業の副社長に取材した時のこと。取材の途中で不意に「君と話していると楽しいよ」ともらされた。記事に直接関係のない一言だったが、不思議と胸に深く染み込んだ。鋭い質問も柔らかな相づちも、本音を引き出す一助になる。あの言葉は、取材の先にある出会いの大切さを教えてくれた▼記事は読者との橋であり、同時に取材相手との鏡でもある。老子は「善行は跡なさず」と説いたが、記事もまた、名を残さずとも人の心に、静かな波紋を広げる▼矜持とは、声高に掲げる旗ではなく、胸の奥で燃える小さな灯火のようだ。出会いを重ね、言葉を編むたびに、炎は揺れながらも消えずに続く▼リルケは「生きるとは問うこと」と書き残した。取材は問いを携えた旅。まだ見ぬ答えに向かって歩み出す。小さな一歩の中に、矜持はそっと息づいている。

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