大成建設の社長などを務め、日本土木工業協会(土工協)の会長時代に「旧来のしきたりからの決別」を宣言するなど、業界の健全な発展に尽力した葉山莞児氏(はやま・かんじ)が11日、死去した。89歳だった。葬儀は近親者で済ませた。お別れの会は遺族の意向で開かない。
神奈川県出身。1960年に東京大学工学部土木学科を卒業し、大成建設入社。87年取締役、89年常務、93年専務、97年代表取締役副社長を経て、2001年から社長に就いた。07年には代表取締役会長に就いた。
団体活動では05年に土工協会長に就任した。09年に土工協、日本電力建設業協会(電建協)、日本鉄道建設業協会(鉄建協)、日本海洋開発建設協会(海洋協)の4団体を統合して発足した新生土工協の初代会長を務めた。新生土工協の看板を揮毫(きごう)した際には「会長になって一番の難工事だった」と話し関係者の笑いを誘うなど、周囲を気遣う一面もあった。
11年には土工協、日本建設業団体連合会(日建連)、建築業協会(BCS)の合併による現在の日本建設業連合会(日建連)の発足にも道筋をつけた。3期4年にわたり土工協の会長を務め、副会長だった山本卓朗氏らと建設業界の変革に力を注いだ。相次ぐ不祥事で、建設業や公共事業に対する世間の不信感は高まっていた。
こうした中、05年末の大手ゼネコンによる共同宣言に続き、06年4月には業界として決別を宣言。過当競争を招くだけではない、健全な「新しい市場秩序」の確立に取り組んだ。
建設業や社会資本整備への理解を広げる活動にも心血を注いだ。広報委員長を務めていた02年には「100万人の市民現場見学会」をスタート。現在も日建連の「けんせつ探検隊」として続く、業界を代表する行事の定着につながった。学生時代は柔道に打ち込み、月1回の山歩きやゴルフを趣味にしていた。
大成建設の相川善郎社長は「経営基盤の強化と当社グループの発展に尽力されるとともに、建設業界の発展にも多大な貢献をされた。長年にわたり当社を導かれたご功績に、改めて深い敬意と感謝を表する」とコメントを発表した。









