2011年に起きた東日本大震災の大津波の被災地を忘れられずにいる。そこにあった人の営みが破壊された惨状や屋上に車が引っ掛かったビルを目の当たりにして、同僚の記者と立ち尽くした▼現地では、救援や緊急復旧に動く建設会社の人たちや行政機関、当時活動した外国の軍関係者などに話を聞いた。何をどう書くか。被災地に入るたびに今も思案に暮れることがある▼14年の広島市の大規模土砂災害の現場から泥まみれになって帰ってくると、地元建設団体の職員がねぎらってくれた。15年に鬼怒川の堤防が決壊し、広範が浸水した茨城県常総市では、泥水をかき出したばかりの地元団体の事務所で記事を書かせていただいた▼各地の地震や台風、大雨、大雪などの被災地で活動している建設会社やインフラの管理者がいる。最前線の人たちを後方で支える職員も応援する家族もいる。記事にすべきこと、しなければならないことは多くある▼2日に防災庁が発足した。残念ながら今後も災害の発生は避けられそうにない。同庁が「世界一の防災大国」(細野豪志防災相)を目指すなら、記者ができることは何か考え続けたい。










