鹿島の社長、天野裕正(あまの・ひろまさ)氏が23日、心不全のため死去した。74歳だった。通夜と葬儀は近親者で行う。後日、お別れの会を開く予定。
神奈川県出身。1977年に早稲田大学大学院修士課程を修了し、鹿島に入社。長く横浜支店に籍を置き、2003年建築部長、07年支店次長を務めた。09年に執行役員建築管理本部副本部長就任後、12年中部支店長、13年常務執行役員、14年専務執行役員東京建築支店長、17年副社長執行役員を歴任。21年6月、社長に就いた。団体活動では13年5月~14年3月に日本建設業連合会(日建連)中部支部長を務めた。
社長就任後は「人」の価値を最も重視する経営方針を掲げ、丁寧で質の高いサービスを通じて社会や顧客からの「信頼」を積み重ねる重要性を説いた。自ら先頭に立って実践するとともに、AIや自動化施工などのデジタル技術を最大限に活用し、生産性向上による高付加価値の創出も推進。蓄積した知識やノウハウをデジタル技術で共有・継承し、「技術立社」としての持続可能性を追求した。
業績は着実に伸長した。国内建設や不動産開発、海外など中核分野を強化し、建設バリューチェーン(価値連鎖)の拡充による収益源の多様化で成長をけん引。熊本県菊陽町でのTSMC(台湾積体電路製造)や北海道千歳市でのラピダスなど、半導体関連工場の大型案件受注にも道筋を付けた。
26年3月期は過去最高の業績を予想し、連結売上高は国内建設会社で初となる3兆円に達する見通しだ。社長として初めて策定した中期経営計画が最終年度を迎える来期を前に、「現在の良い状況に油断することなく、外部環境の変化が激しく先行きが見通しにくい時代だからこそ、『何が本質的な課題なのか』を正しく見極め、根気強く丁寧に向き合っていく必要がある」と社員に呼び掛けていた。
天野氏を知る関係者は「リーダーとして時に厳しく、力強い一方で、根底には社員を思いやる温かさがあった。そのバランス感覚こそが、多くの社員に慕われた理由だ」と話す。強い統率力で競争力を高め、確かな成長の礎を築いたリーダーだった。









