スコープ・生産性向上/北海道-つくば間、900キロ離れた建機の遠隔施工に成功

2025年6月26日 行政・団体 [18面]

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 人手不足が深刻化する建設現場で、生産性向上の有効策と期待されるのが「遠隔施工」だ。熟練オペレーターが数百キロ離れた場所で建設機械を操縦し、全国あらゆる現場に技術を届ける。そんな次世代の施工方法が現実味を帯びてきたが、実現には通信環境という大きな壁が立ちはだかる。それを乗り越えようと、情報通信・映像機器の企画や開発などを手掛けるハイテクインター(東京都渋谷区、旦尾紀人社長)、測量・製図機器などの販売やレンタルといった事業を展開するジツタ中国(広島市中区、實田泰之社長)、土木研究所(土研)、中電工の4者グループが、北海道と茨城県を結ぶ遠隔操縦の実証実験に乗り出した。
 □独自の技術で制御データと映像伝送可能に□
 遠隔施工で最大の障壁は「通信遅延」だ。建機を遠隔で操縦するには制御データに加え、現場映像もリアルタイムでオペレーターに届ける必要がある。遠近感が分かりづらいモニター映像で正確に建機を操作するには複数アングルの映像が不可欠だ。
 高精度で複数の映像を同時に伝送するには、大容量のデータを送受信する必要があり、通信回線を圧迫して遅延を引き起こす原因となる。遅延によりずれが大きくなればタイムリーに正確な操縦は難しい。一般的に遅延が300ミリ秒を超えると違和感を感じると言われる。
 4者グループは12日にデモンストレーションを行った。ハイテクインターの北海道開発センター(北海道沼田町)から、約900キロ離れた茨城県つくば市の土研建設DX実験フィールド内でバックホウとクローラーダンプの2台を同時に遠隔操縦した。
 建機1台当たりフルハイビジョン(FHD)カメラを4台取り付け、さらに俯瞰(ふかん)用のFHDカメラ2台の計10台分の映像と、建機2台分の制御データを同時に扱う「世界的にも先駆的な試み」という。
 沼田町とつくば市の間は米スペースX社の低軌道通信衛星「スターリンク(Starlink Mini)」の衛星回線でつないだ。一般的には1回線のスターリンクで同時に伝送できるカメラ映像は3、4台程度が限界とされるが、今回の実証実験はこれを大きく超える大量のデータを低遅延で流すことに成功した。
 建設現場でスターリンクの活用は既に試みられているが、大容量データを送る実験は国内でも少ない。衛星通信は衛星の移動や利用者の増減で通信速度の変動が大きく、遅延や伝送エラーを避けられない。今回の成功の鍵は4者グループが開発した超低遅延映像伝送技術「BAERT」だ。
 通信回線の状況に合わせてデータ量を自動で制御し、極めて変動の少ない安定した伝送を可能にする。不安定な通信状況によるエラーも抑制し、安定した映像を届けることができる。映像圧縮による遅延は50ミリ秒程度と極めて少なく、通信の遅延と合わせても150~200ミリ秒程度の低遅延を実現した。
 実証実験ではBAERTを搭載した低遅延映像伝送装置「LVRC-4000」と、エンコーダー・デコーダー兼用の「LLC-4000」を投入。土研の「自律施工技術基盤(OPERA)」や建機側の遠隔操縦機能を組み合わせ、建機制御と映像伝送を同時に行えることを確認した。マイクを設置すれば現場の音声も一緒に送ることが可能。建機側に人感センサーなどの安全装置も組み込める。通信環境が整えば、遠隔操縦の準備は半日でできるという。
 10台ものFHDカメラと2台の重機を同時に動かすのは世界でも初ではないか--。つくば側で実験を見守ったジツタ中国の實田社長はそう話した。「LVRC-4000」と「LLC-4000」は既に販売可能で、国土交通省中国地方整備局の中国インフラDXセンターにLVRC-4000を導入し、建機の遠隔施工に活用されている。
 社会実装には課題も残る。その一つが「現場の通信環境」。今回の実証実験では建設DXフィールドのローカル5G回線を使用したが、災害現場や山間部などの施工現場には、常設の高速通信網は存在しない。加えて建機に直接スターリンクのアンテナを設置するには法令上ハードルが高く、現状は現場の通信設備を経由しなくては衛星通信を利用できない。
 遠隔施工の普及に向け、こうした課題に対する制度面の改善を含めた国のさらなる後押しが不可欠だ。乗り越えるべき壁はまだまだあるが、その挑戦は確実に歩みを進めつつある。